日本学士院

第67回公開講演会講演要旨

1) シェイクスピアのロンドン—過ぎゆくもの、変わらざるもの—  玉泉八州男

  シェイクスピアのロンドンは不衛生で、汚物は川に流れこみ、その水を人々は平気で飲んでいた。そのため疫病はほぼ十年毎に猖獗(しょうけつ)を極め、多数の人命を奪った。だが商業都市としては、浮浪者を抱えつつも繁栄の一途を辿り、市壁をこえて巨大化しつつあった。
旅行者のお目当ての一つは芝居見物だったが、劇場、演し物の階層分化が始まろうとしていた。教育の普及につれ、上流文化と民衆文化の亀裂はますます深まるだろう。
騎士道文化への幻滅も実学尊重を伴って現われ、帝国主義への道を準備する。魔術といった安直な解決策に頼らず、「無知に耐える力」を人々が身につければ、近代への流れは一気に加速するだろう。

2) 幼若ホルモンとフェロモンの話—化学で解き明かされる昆虫のくらし—?  森 謙治

  昆虫は卵から幼虫を経て成虫へと変態により形を大きく変化させる。また成虫の雌雄は交尾して子孫を残す。化学者は、このような現象を支配する物質を昆虫から取り出して精製し化学構造を推定して合成すれば、昆虫をより深く知ることができるし応用にもつながると考えた。
昆虫の幼虫形質を持続させることで変態現象を制御している幼若ホルモンの化学的研究は、害虫防除のみならず、まゆを大きくすることで養蚕業の効率化に貢献する。また昆虫間の相互通信に用いられるフェロモンの化学的研究は、害虫の発生数の予察を可能としたのみならず、雌雄間の交信を撹乱して害虫の次世代を減らすことを可能とした。化学による昆虫生活解明の現況を概説する。