日本学士院学術奨励賞の受賞者決定について
氏名 | 小泉修一 (こいずみ しゅういち) | |
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生年月 | 昭和38年10月(45歳) | |
現職 | 山梨大学大学院医学工学総合研究部教授 | |
専門分野 | 神経科学 | |
研究課題 | グリア細胞による脳機能の制御 | |
主要な学術上の業績 | 小泉修一氏は、脳科学の分野で未解明であったグリア細胞(神経膠細胞)の動的側面に注目し、グリア細胞が神経細胞との機能連関により脳機能に果たす役割について優れた先見性と独創性のある研究成果をあげました。 特に、高速・高精度カルシウムイメージ技術を開発し、グリア細胞は、神経細胞に活動依存し、自発的にグリア伝達物質ATPを放出し、神経活動の制御を行っていることを明らかにしました。また、脳梗塞病巣部位のミクログリアは、貪食センサーであるUDP受容体を発現し、UDPを放出する損傷した神経細胞を貪食により除去することを示し、脳梗塞の予後が病巣部のミクログリアの機能変調に起因すること、さらに原因不明の難治性疼痛である神経因性疼痛が、脊髄ミクログリアでのATP 受容体の発現亢進によるミクログリア-神経細胞間連絡の変調に起因し、触刺激が痛みとして伝達されるために起こること、などを示した成果は高く評価されます。 小泉氏は、グリア細胞の未知の機能と疾患の関係について極めて独創的な研究を展開しており将来の更なる発展が期待されます。 |
氏名 | 辻 雄 (つじ たけし) | |
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生年月 | 昭和42年7月(41歳) | |
現職 | 東京大学大学院数理科学研究科准教授 | |
専門分野 | 数学 | |
研究課題 | p進ホッジ理論とその応用 |
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主要な学術上の業績 | 辻 雄氏は、数論幾何学、特にp進ホッジ理論において大きな成果をあげました。 複素数の世界と共に各素数pに対してp進数の世界で調べる方法は、整数の性質の理解に不可欠で、例えば、ワイルズによるフェルマ予想の証明にも用いられています。辻氏は、このp進数の世界に関する研究で大きな成果をあげました。中でも、複素数の世界で成り立つホッジ理論が、p進数の世界でも成り立つであろうという永らく懸案だった予想を完全に解決したことは特筆すべき成果です。p進ホッジ理論は、最近解決されたセール予想の証明に用いられたのをはじめ、辻氏自身によるL関数の特殊値に関するブロック・加藤予想の証明に用いられるなど既に多くの応用があります。 辻氏がその確立に大きく貢献したp進ホッジ理論は、今世紀の整数論を支える基本的な理論となるものです。 |
氏名 | 納富雅也 (のうとみ まさや) | |
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生年月 | 昭和39年2月(44歳) | |
現職 | 日本電信電話株式会社NTT物性科学基礎研究所主幹研究員 | |
専門分野 | 応用物理学・工学基礎 | |
研究課題 | フォトニック結晶中の新奇な物理現象の探索とその応用 | |
主要な学術上の業績 | 納富雅也氏は、微細周期ナノ構造(フォトニック結晶)を用いて負の屈折率を発見すると共にそれを生み出す構造を理論的に導出し、従来の光学理論にはないレンズや共振器、結像系を予言しました。また、フォトニック結晶導波路中での極端に遅い光(スローライト)の観測と高度化の成功は、光バッファー・メモリー実現の有望な候補技術に位置付けられています。さらにナノスケールで超高性能指数を持つ共振器を実現し、超低エネルギーで高速に動作する非線形双安定スイッチング現象の観測に成功しています。この共振器は極めて高い光の波長変換効率や光による超高効率な力学エネルギー発生機能を持つことを明らかにしています。 フォトニック結晶を用いた光による集積情報技術分野を切り開き、この分野の重要性を先駆者として社会に認知させたことは注目に値します。これまでに様々な独創的基礎技術が実現され、研究成果が著しく進展していることから、今後、高度な光機能の集積に基づいた実用への発展が大いに期待できるものです。 |
氏名 | 古澤泰治 (ふるさわ たいじ) | |
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生年月 | 昭和38年12月(45歳) | |
現職 | 一橋大学大学院経済学研究科教授 | |
専門分野 | 経済学 | |
研究課題 | 国際政治経済学へのゲーム理論的アプローチ | |
主要な学術上の業績 | 古澤泰治氏の業績において注目すべきは、ネットワークとしての世界貿易機関(WTO)の機能を、ゲーム理論の視点から検討した点です。WTOのような多数の国を含む機関は、その交渉のプロセスが複雑化し、必ずしも十分な成果をあげにくいという問題を含んでおり、二国間交渉のほうがむしろ成果をあげやすいことも認識されています。古澤氏は、これらの多様な問題を取り上げ、理論的な成果をあげました。 その業績は、発表された論文が国際的に水準の高いジャーナルに掲載されており、極めて高い評価を受けています。 |
氏名 | 宮 紀子 (みや のりこ) | |
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生年月 | 昭和47年2月(37歳) | |
現職 | 京都大学人文科学研究所助教 | |
専門分野 | 文学 | |
研究課題 | モンゴル時代の文化政策と出版活動 | |
主要な学術上の業績 | 宮 紀子氏は『モンゴル時代の出版文化』等の論著において、北方遊牧民が漢土を支配した大元ウルス時代は、中国文化が破壊された「暗黒時代」ではなかった事実を、豊富な文献資料に基づいて明らかにしました。 宮氏は「上図下文」の版式の下に白話文(口語)で綴られた『孝経直解』が、国家的出版であった事実を明らかにし、この時代にも旧来の儒教や道教が尊重されていた事実を確認しました。また、歴史書『直説通略』を仔細に分析検討して漢民族に固有な「通史」の編纂が続けられていた事実を明示しました。さらに程復心の『四書章図』を例に、一つの著作がどのような経緯で国家の出版物に認定されたかを具体的に論じるほか、科挙再開に伴う当時の教育体制整備の実態を明らかにしました。また、朝鮮王朝の世界最初の世界地図「混一疆理歴代国都之図」成立(1402年)の背景に、大元ウルス時代の豊富な東西地理の知識があったことを立証しました。 その研究成果は内外の学者により極めて高く評価されています。 |
氏名 | 若山照彦 (わかやま てるひこ) | |
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生年月 | 昭和42年4月(41歳) |
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現職 | 理化学研究所発生・ 再生科学総合研究センター チームリーダー |
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専門分野 | 畜産学・獣医学 | |
研究課題 | バイオテクノロジーによる新たな動物繁殖技術の開発 | |
主要な学術上の業績 | 若山照彦氏は、実験哺乳動物として最も重要なマウスを対象に、今では世界的標準となった体細胞クローンの作成技術や保存精子を用いる顕微授精法を開発しました。これらの手法を駆使し、フリーズドライにした精子の顕微授精による正常マウスの産仔、世界初の体細胞クローンマウスの作出、マウス体細胞からのES細胞株の作成、クローン個体に見られる異常の多くが非遺伝性であることの証明、生殖細胞を欠損した完全不妊マウスからの子孫の作出、16年間冷凍庫で保存されていた死体からクローンマウスの作出に成功するなど、次々と世界が注視する業績をあげました。 これらの業績は、これまで不可能だと思われていた実験や夢物語だと考えられていたテーマに挑戦していることからもわかるように、柔軟な発想と精緻な実験手法によって達成された極めて独創性の高いもので、家畜繁殖学に対する貢献はもちろんのこと、広く生物学、医学研究を支える基盤技術として重要な意義を持つものです。 |