日本学士院賞授賞の決定について
日本学士院は、平成26年3月12日開催の第1077回総会において、日本学士院賞9件10名(赤﨑勇氏に対しては恩賜賞を重ねて授与)、日本学士院エジンバラ公賞1件1名を決定しましたので、お知らせいたします。受賞者は以下のとおりです。
1. 恩賜賞・日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 高品質GaN系窒化物半導体単結晶の創製とp–n接合青色発光デバイスの発明 | |
氏名 | 赤﨑 勇(あかさき いさむ) | |
現職 | 名城大学終身教授、名古屋大学特別教授・名誉教授、 名城大学窒化物半導体基盤技術研究センター長、 名古屋大学赤﨑記念研究センターリサーチフェロー |
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生年(年齢) | 昭和4年(85歳) | |
専攻学科目 | 半導体工学 | |
出身地 | 鹿児島県南九州市 | |
授賞理由 |
赤﨑 勇氏の研究は、LED照明などで実用化されている全てのGaN系窒化物半導体材料及び素子の研究・開発の出発点となっています。研究を要約すると、(1)特殊な結晶成長技術の開拓により高品質GaN単結晶の作製、(2)その単結晶に異種元素を添加することでp-n接合青色発光ダイオード及び青色レーザ素子の実現、等です。 窒化ガリウム(GaN)半導体では、LED発光素子に必要な高品質結晶が作れませんでした。赤﨑氏は1973年この半導体結晶成長の研究に着手し、GaN結晶とサファイア基板結晶の間に低温で堆積する特殊な薄い層を設ける技術を開発することで、これまでの難題を克服、高品質GaN単結晶の作製に成功しました。もう一つのブレークスルーは、通常はn型になるGaN系窒化物半導体結晶にp型と呼ばれる電気特性をもたせる研究です。原理的に不可能と言われていたp型電気伝導は、マグネシウムを添加し、それを活性化することで実現しました。これらの世界に先駆ける研究が、青色LEDを用いた照明を始めとする今日のGaN系窒化物半導体産業の原点になっています。
【用語解説】
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2. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 『戦前期日本の金融システム』 | |
氏名 | 寺西重郎(てらにし じゅうろう) | |
現職 | 日本大学客員教授、一橋大学名誉教授 | |
生年(年齢) | 昭和17年(71歳) | |
専攻学科目 | 日本金融論・日本経済論 | |
出身地 | 広島県尾道市(旧 因島市) | |
授賞理由 |
寺西重郎氏は、近代日本の金融システムが経済発展に果たした役割を分析する研究において学界を終始リードしてきました。本書『戦前期日本の金融システム』(岩波書店、平成23年12月)は、第二次世界大戦前の企業金融のシステムが、戦後のような銀行を介する仲介型中心だったのか、それとも戦後とは異なる株式・社債などの資本市場経由の市場型中心だったのかという未解決の論争を、広い視野から見直して解決する試みです。寺西氏は、投資家がしばしば手持ちの株式を担保に銀行借入を行って新たな投資資金を調達しており、そこでは仲介型と市場型が対立するのでなく相互依存の関係にあったことを重視します。その上で、寺西氏は、戦後の金融システムへの移行が、財閥解体や農地改革などにおける富裕層の全面解体による個人投資家の没落の結果としてはじめて進んだのではなく、昭和恐慌時における地主・商工業者など旧中間層の大量解体からすでに個人投資家の没落が始まったという仮説を提示し、従来別々に研究されてきた銀行史と証券史、戦前史と戦後史を内在的に結び付けることに成功しました。 |
3. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 「シアノバクテリア概日時計の再構成と計時機構の研究」 | |
氏名 | 近藤孝男(こんどう たかお) | |
現職 | 名古屋大学大学院理学研究科特任教授、 名古屋大学名誉教授 |
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生年(年齢) | 昭和23年(65歳) | |
専攻学科目 | 時間生物学・植物生理学 | |
出身地 | 愛知県刈谷市 | |
授賞理由 |
近藤孝男氏はタンパク質とATPのみで24時間の安定なリズムを作ることに成功し、タンパク質が地球の一日を記憶し、「時計」として機能することを証明しました。人類も含め、地球上の生命は約24時間周期の生物時計(概日時計)を備え、昼夜環境下で巧みに生活しています。この仕組みは時計遺伝子の発現によるものと考えられていましたが、近藤氏はシアノバクテリアで研究を進め、3つのKaiタンパク質とATPを試験管内で混ぜるだけで温度に影響されない24時間振動が発生することを発見し、概日時計を初めて試験管内で再構成することに成功しました。 この発見はコペルニクス的転回であり、高等生物の時計研究にも大きなインパクトを与えました。また「時を刻む」というタンパク質の全く新しい機能の発見は化学・物理学分野の研究者にも大きな衝撃を与えました。同氏の研究は概日時計研究の最先端を切り開いたもので、その研究成果は我々の物質観、生命観にも影響を及ぼすインパクトをもっています。 【用語解説】
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4. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 「幾何学的表現論と数理物理学」 | |
氏名 | 中島 啓(なかじま ひらく) | |
現職 | 京都大学数理解析研究所教授 | |
生年(年齢) | 昭和37年(51歳) | |
専攻学科目 | 数学 | |
出身地 | 横浜市中区 | |
授賞理由 |
中島 啓氏は幾何学的表現論、数理物理学、可積分系において顕著な業績を挙げている数学者です。表現論とは、抽象的な代数構造を行列などにして具体的に表して研究するもので、幾何学的表現論は具体的に表すための手段として図形を用います。 中島氏はゲージ理論の数学的研究から彼が箙(えびら)多様体とよんだ図形を発見し、さらに、箙多様体と量子群との関係を見出しました。量子群は可積分系の研究から見いだされたもので、ゲージ理論とのつながりは予想されていませんでした。この発見はゲージ理論の双対性の研究などに重要な役割を果たしました。現在に至るまで箙多様体は、世界中で活発に研究されています。 また、同氏はゲージ理論、幾何学、可積分系が関わる分野での、ネクラソフやウィッテンの重要な予想を証明しています。 近年、数理物理学の一部で高度に抽象的な現代数学を用いた研究が盛んになってきましたが、中島氏の業績はそのような研究の中で中心的位置を占めています。 【用語解説】
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5. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 「津波防災の総合的研究」 | |
氏名 | 首藤伸夫(しゅとう のぶお) | |
現職 | 東北大学名誉教授 | |
生年(年齢) | 昭和9年(79歳) | |
専攻学科目 | 土木工学(津波工学) | |
出身地 | 大分県大分市 | |
授賞理由 |
首藤伸夫氏は、1960年チリ地震津波以降、津波の現象及び津波による災害について調査・研究を行い、自ら提唱した「津波工学」の確立に努めてきました。近年大規模な海底地震に伴う巨大津波が、国内外において頻発しており、津波災害に対する関心は著しく高まっています。2011年東北地方太平洋沖大津波は、その最たるものと言えます。 首藤氏の研究内容は、大きく二つに分けられます。第1は、人間活動の活発な陸域を含む沿岸域における津波の挙動を、実用に値する精度で求める数値解析手法を完成したことにあります。第2は、長年にわたり国内外で実施した、津波災害地での実測調査に基づいて、津波被害の実態を数量的に明らかにしたことにあります。 上記の津波に関する数値解析手法は、TIME計画として国内外に技術移転され、各国の津波災害軽減計画の作成に適用され、当然のことながら、2011年東北地方太平洋沖大津波復興計画の策定にも活かされています。 【用語解説】
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6. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 「らせん高分子の精密合成、構造、機能に関する研究」 | |
氏名 | 岡本佳男(おかもと よしお) | |
現職 | 名古屋大学特別招へい教授・名誉教授、 中国ハルビン工程大学特聘教授 |
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生年(年齢) | 昭和16年(73歳) | |
専攻学科目 | 高分子化学 | |
出身地 | 兵庫県尼崎市 | |
授賞理由 |
タンパク質、核酸、多糖類などの生体高分子は、一方向巻きのらせん構造を有しています。これらの生体高分子が示す高度な機能は、このらせん構造に大きく起因します。岡本佳男氏は、自らが見出した不斉重合に関する基礎研究の成果をもとに、世界に先駆けて一方向巻きのらせん高分子の選択的な合成に成功しました。また、このらせん高分子の構造と機能に関する詳細な研究を通じて、キラル識別におけるらせん構造の重要性を指摘し、高分子化学の発展に大きく貢献しました。さらに、これらのらせん高分子の機能を鏡像異性体の分離のためのカラム充填剤として実用化し、優れた性能を有する多糖系充填剤を開発しました。これらの充填剤は、今日、キラル化合物の分離と分析に世界中で最もよく使用されており、化学、薬学、医学などの基礎ならびに応用研究の進展に大きく寄与するとともに、キラルな医薬品の製造にも利用されています。 【用語解説】
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7. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 「イネ科植物の鉄栄養に関わる分子機構の解明と育種への応用」(共同研究) | |
氏名 | 森 敏(もり さとし) | |
現職 | 東京大学名誉教授 | |
生年(年齢) | 昭和16年(72歳) | |
専攻学科目 | 農芸化学 | |
出身地 | 高知県高知市 | |
氏名 | 西澤直子(にしざわ なおこ) | |
現職 | 石川県立大学生物資源工学研究所教授、 東京大学名誉教授 |
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生年(年齢) | 昭和20年(68歳) | |
専攻学科目 | 農芸化学 | |
出身地 | 東京都千代田区 | |
授賞理由 |
森 敏・西澤直子両氏は共同して、イネ科植物の鉄獲得機構に関わるムギネ酸類の前駆体メチオニンを同定し、それに続く6段階の生合成経路のそれぞれに関わる全ての酵素の遺伝子を単離し、全生合成経路を完全に証明しました。また、ムギネ酸類分泌輸送体TOM1の遺伝子を単離し、「ムギネ酸類・鉄」吸収輸送体OsYSLの遺伝子を同定しました。このようにして、ムギネ酸類の合成・分泌・輸送に関わる全ての分子機構を解明しました。以上の鉄欠乏誘導性遺伝子の上流に特徴的な2つのシス制御配列と、これらに特異的に結合する2つの転写因子を見出し、鉄欠乏のシグナルに応答して次々に遺伝子が発現するカスケード状の鉄欠乏情報伝達機構を解明しました。さらに、世界の石灰質土壌での食糧増産に貢献する「鉄欠乏耐性イネ」と発展途上国の米食民族の健康増進等に貢献する「高鉄含有コメ」を創製しました。これらの分子基礎から農業応用に至る一連の体系的かつ独創的な研究は世界で高く評価されています。 【用語解説】
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8. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 「生体肝移植の基礎研究および臨床開発と展開に関する研究」 | |
氏名 | 田中紘一(たなか こういち) | |
現職 | 神戸国際フロンティアメディカルセンター理事長、 京都大学名誉教授 |
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生年(年齢) | 昭和17年(71歳) | |
専攻学科目 | 外科学・消化器外科学・移植免疫学 | |
出身地 | 大分県大分市 | |
授賞理由 |
田中紘一氏は、脳死移植が困難なわが国で、肝臓の臓器特異性に着目して基礎研究を行い、生体肝移植がヒトに応用できる可能性を示しました。その上で、生体肝移植を肝疾患末期患者の根本的治療として展開してきました。手術手技の開発と周術期管理の工夫により、新生児から成人への適応を可能とし、移植肝の生着に影響する諸因子およびドナー安全性に関する諸因子を分析して課題を克服し、良好な成績を示しました。この間、新しい免疫抑制剤の臨床応用、移植後の免疫寛容の発現、B型肝炎ウィルス既感染ドナーからの移植後に肝炎が発生することとそのメカニズムの解明、ABO不適合移植の病態解明とその対策、家族性アミロイドニューロパティ患者の肝臓を用いるドミノ肝移植、肝癌に対する移植適応の拡大等の臨床研究を通して移植免疫学と肝臓病学に新たなる道を拓きました。田中氏は、わが国のみならず、9か国で生体肝移植の導入に協力し、本法の普及と定着に努めています。 【用語解説】
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9. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 「生体の環境ストレス応答の分子機構の解明」 | |
氏名 | 山本雅之(やまもと まさゆき) | |
現職 | 東北大学大学院医学系研究科教授、 同大学東北メディカル・メガバンク機構長 |
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生年月日 | 昭和29年(59歳) | |
専攻学科目 | 医化学・分子生物学 | |
出身地 | 群馬県渋川市 | |
授賞理由 |
山本雅之氏は、酸化ストレスや環境中の毒性化学物質に由来するストレスに対する生体防御を司るKeap1–Nrf2制御系を発見しました。山本氏は、私たちの体には、これらのストレスを感知するセンサー分子Keap1と、その指令を受けて生体防御系の遺伝子群を誘導発現する転写因子Nrf2が存在して、このようなストレスから生体機能を守っていることを明らかにしました。 次いで、このようなストレスの感知と遺伝子群の誘導発現制御が、Keap1分子中のシステイン残基修飾反応と、それを介したNrf2分子の分解抑制を基盤としていることを解明して、基礎生命科学に大きな影響をもたらしました。 さらに、Keap1–Nrf2制御系の破綻が様々な疾患の分子基盤を形成していることを突止め、その改善が疾患の予防と治療に貢献することを明らかにしました。今後、創薬や予防医学の側面においても、同氏の研究成果が貢献することが期待されます。 【用語解説】
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10. 日本学士院エジンバラ公賞 | ||
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研究題目 | 「微生物の分類学的研究と微生物系統保存事業に対する貢献」 | |
氏名 | 駒形和男(こまがた かずお) | |
現職 | 東京大学名誉教授 | |
生年月日 | 昭和3年(85歳) | |
専攻学科目 | 微生物分類学・応用微生物学 | |
出身地 | 新潟県南魚沼市(旧 南魚沼郡浦佐村) | |
授賞理由 |
駒形和男氏は、自然界に広く分布する多様な微生物について幅広い分類学的研究を行い、さまざまな環境から多数の新しい種を発見するとともに、微生物種の膨大な多様性を把握するための土台となる、微生物の系統分類学を確立する上で大きな貢献をしました。特に我が国で生まれた独創的なアミノ酸醗酵技術の核となった新しい細菌の分類学的位置を、客観性の高い化学分類学的手法を用いて明らかにした成果は、国際的に高く評価されています。一方で、微生物分類学と車の両輪をなし、基礎から産業応用にまで及ぶ微生物の研究に不可欠な、微生物株の収集・保存・分譲を行う微生物株保存事業において、我が国の主要な公的保存機関の設立・整備に早い時期から中心的な役割を果たすとともに、世界の微生物株保存機関を束ねる世界微生物株保存連盟の運営に長く関わり、多様な微生物資源の保全と利用の基盤となる国際的なネットワークの構築とその人材養成に多年にわたって貢献しました。 【用語解説】
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