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国際学士院連合総会 聴講者募集について

 国際学士院連合(Union Académique Internationale; UAI)は、1919年に創設された国際組織で、人文社会科学に関する長期的な国際研究プロジェクトを行うことを目的としています。平成29年10月に、東京で初めて開催される同連合の総会において行われる講演、テーマセッション等について、聴講者を募ります。世界各国の研究者と交流できる機会ですので、奮ってご参加ください。

【対象】研究者・大学院生

【共催】日本学士院・独立行政法人日本学術振興会
【助成】公益財団法人石橋財団、公益財団法人鹿島美術財団、公益財団法人一橋綜合財団


事前申込制 先着100名

日時・場所

  • 平成29年10月23日(月)
  •     10時30分~12時30分 学術講演
  •     14時30分~19時 事業レビュー委員会(6年評価)
  • 平成29年10月24日(火)
  •     9時~12時30分 事業レビュー委員会(2年評価)
  •     14時~17時30分 テーマセッション
  • 日本学士院 会場地図

学術講演

10時30分~11時30分 久保正彰(日本学士院会員・東京大学名誉教授)

「UAIから賜った稀有なる宝物へのささやかな感謝の言葉」

(日本語講演・同時通訳付き)

  私は、1993年以来、山本達郎先生のご指示のもとに、UAI(国際学士院連合)に出席して、『在外未刊行日本関係史料』と言うプロジェクトの紹介を、十年間続けてまいりました。その間、私は、UAIにご出席の参加各国学士院の諸賢より、筆舌に尽くしがたいほどに豊かな学恩を賜りました。これは、次ぎにお話しする、二人の人物をめぐる人探しが中心となります。一人は、安達峰一郎という、山形県山辺町出身の外交官にして国際法学者、いま一人は、十七世紀中葉ユトレヒトで独りホメロス研究とアリストファネス研究、ギリシャ語辞書研究などに心血をささげ、若くして世を去った学者、ヤコブス・ホイエル(Jacobus de Goyer)であります。UAIは、その偉大な人と知見の環を、各地において総動員して、惜しみなく私の人探しを援助し、UAIはいつの間にか、実り豊かな“友愛”の環となって私を励まし支えてくれたのです。私は、長年にわたるこの“友愛”に捧げる感謝の気持ちをこめてお話役を努めさせていただきます。


11時30分~12時30分 三谷太一郎(日本学士院会員・東京大学名誉教授)

「「文明化」・「西洋化」・「近代化」をめぐって: 福沢諭吉と丸山眞男―日本近代の先導者と批判者―」

(日本語講演・同時通訳付き)

  1879年1月、今日の日本学士院長に相当する初代東京学士会院会長に就任したのが、日本近代の先導者であった福沢諭吉である。それから約1世紀後の1978年、日本学士院会員に列したのが、日本政治思想史研究の画期的成果を通して、日本近代の歴史的意味の究明を試みた丸山眞男である。日中戦争期に始まった丸山の研究は、徳川幕藩体制下の日本の文明の絶頂期を代表する最高の学者であり、思想家であった荻生徂徠の研究に始まった。徂徠の学問は、儒教の基本的なテキストが成立した古代中国を対象とする客観的・実証的な外国研究の側面をもっていた。その意味では、徂徠は幕末の西洋諸国を対象とする外国研究、すなわち「蘭学」や「洋学」に携わった福沢諭吉に連なっていたのである。そして徂徠に対して、日本政治思想史における近代の始祖、すなわち西洋政治思想史におけるマキアヴェッリに相当する位置づけを与えた丸山の徂徠研究が、徂徠から169年後に出現した日本近代における福沢諭吉の思想的開拓者としての役割についての研究に誘導したのである。丸山の福沢論はそれ自体が日本近代批判であった。


10月23日(月)14時30分~19時 事業レビュー委員会(6年評価)

10月24日(火)9時~12時30分 事業レビュー委員会(2年評価)

  UAI総会では、約80件のプロジェクトについて、各事業推進者より提出された報告書に基づき6年毎の評価または2年毎の評価を行うこととしています。本委員会は各プロジェクトの内容を知り、その評価方法を学ぶ機会となることでしょう。 (※報告は英語またはフランス語で行われ、通訳はありません)


10月24日(火)14時~17時30分 テーマセッション

14時~14時10分 司会・挨拶 東野治之(日本学士院会員・奈良大学名誉教授)

14時10分~14時50分 斎藤 修(日本学士院会員・一橋大学名誉教授)

「世界史における日本の近世:長期の視点からみた成長・格差・国家」

(英語講演・同時通訳付き)

  徳川日本は世界史的にみていささかユニークな時代である。1630年代以来、日本は国際貿易から撤退をした。しかし、近世の経済実績は悪くない。常識では外国貿易がなければ成長もないと考えるが、生活水準の緩やかな改善があり、かつ成長への弾みはその後の時代へと続いたからである。この閉鎖経済時代における良好な経済パフォーマンスをどう解釈するか、それが第1の論点である。第2は格差構造である。近世は身分間所得格差の小さな時代でもあった。そこで、その経済的解明を試み、その格差構造をイングランドおよびインドと比較考察する。最後の問題は、この近世の経験が明治以降の国家にとってどのような意味をもったのかである。日本の近代は富国強兵を国家目標とし、かつ所得格差が著しく開いた時代であり、近世との断絶が明瞭である。しかし、両者に連続性はなかったのであろうか,あったとしても、それは近世の良き伝統と呼べるようなものだったのであろうか。これが第3のテーマである。

14時50分~15時30分 田代和生(日本学士院会員・慶應義塾大学名誉教授)

「近世の日朝関係」

(日本語講演・同時通訳付き)

 対馬島の宗氏は、日本よりも朝鮮に近い地理的位置を利用して、中世から日朝間の通交貿易を独占してきた。徳川時代の日朝外交は、通信使来日に象徴される華やかな「将軍の外交」と、それを背後で支える「宗氏の外交」の二重構造になっていた。幕府は通信使に匹敵するような使節を一度も朝鮮へ派遣することなく、かわりに対馬宗氏が定例や臨時の使節を派遣し、朝鮮国を宗主国になぞらえた属国のごとき朝貢儀礼を行うことで、両国を繋ぐ役割を果たしていた。宗氏は、その経済的保証として日朝貿易の独占権を幕府から与えられていた。貿易は、朝鮮釜山に置かれた倭館で行われ、定品・定量貿易である官営貿易(封進・公貿易)よりも、倭館開市大庁で朝鮮商人との間で行われる私貿易のほうが盛んだった。私貿易の輸出の中心は純度80%もある日本の銀貨幣で、朝鮮の朝貢使節によって中国へ再輸出され、見返りに中国産の生糸・絹織物、朝鮮薬用人参などが輸入された。

16時~16時40分 五野井隆史(東京大学名誉教授)

「イエズス会士によるキリスト教の宣教と慈悲の組」

(日本語講演・同時通訳付き)

 キリスト教が伝来した当時日本はどのような社会状況下にあったのか、仏教用語をもって説かれたキリスト教が日本人に受け入れられる状況にあったことを先ず明らかにし、次いでキリシタン(キリスト教徒)となった人びとがどのような教育を受けて信仰を深めていったかについて述べる。また、迫害の勃発、宣教師の追放を契機に宣教師の主導によってミゼリコルディア(慈悲の組)が設立されたが、慈悲の組および1587年の伴天連追放令後に組織されたコンフラリア(信心会)と称する組が信仰の強化・維持に大きな役割を担ったことについて述べる。特に、全国的な禁教令発令後に宣教師の大多数が国外に追放され、しかも潜伏残留した宣教師が激減した1630年代以降には、組親をはじめとした三役が看坊の助言を得てキリシタン共同体を指導したこと、日繰り(教会暦)を作成して信仰生活の維持に努め、250年に及ぶ潜伏時代に信仰を堅持する原動力となったことを述べる。

16時40分~17時20分 松井洋子(東京大学史料編纂所教授)

「江戸時代の日本とオランダ」

(日本語講演・同時通訳付き)

 オランダと日本とは、片や独立戦争と海外進出、片や統一政権による長い内戦の終結という、それぞれの大きな変革の時期に出会った。双方は国家間の関係を持つことはせず、通商関係のみを維持し続けることになる。17世紀、オランダ東インド会社がアジア域内貿易網を確立する中で、日本の金・銀、次いで銅は重要な輸出品となった。一方、日本側は、厳しいキリスト教の禁止と沿岸防備体制、民衆の海外渡航の厳禁、徹底した貿易統制等の特質をもつ対外関係管理体制を形成していった。18世紀、貿易の質的量的改善は困難になったが、限られた貿易利益が双方の関係者の利権として分配される様々な慣習が生み出され、オランダ東インド会社の解散後も貿易は続いた。国家・社会の体制は非常に異なり、相互理解は容易ではなかったが、通商のみを保つことによって、柔軟に相手から利益を引き出していたのが、江戸時代の日蘭関係だった。


お申込み・お問合せ

以下のいずれかの方法により、お申込み下さい。

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国際学士院連合総会事務局(株) バイリンガル・グループ内

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