日本学士院

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日本学士院会員の選定について

日本学士院は、令和5年12月12日開催の第1174回総会において、日本学士院法第3条に基づき、次の7名を新たに日本学士院会員として選定しました。

第1部第2分科

氏名

川人貞史(かわと さだふみ)

川人貞史

現職等

東京大学名誉教授、東北大学名誉教授

専攻学科目

政治学・政治過程論

主要な学術上の業績

川人貞史氏は、特に計量的実証的な手法による日本の政治学研究をリードし続けている卓越した政治学者です。その研究の重点は、選挙・政党・議会という近代政治の中心的な事象にあります。川人氏は、それらに関して、理論仮説にもとづいて、網羅的にデータを収集し、それを基礎にして、様々な角度からの数量的分析と政治史的知見とを組み合わせ、特に明治以来の日本における選挙・政党・議会とそれらの相互関連に関して、従来見過ごされてきた多くの事実を発見し、解明しました。また、米国と日本における選挙制度と「政党システム」(政党間競争および協力などの相互作用の全体構造)との関係を分析し、大きな「スウィング」(連続する2回の選挙における政党得票率の変化)がどのように起きたかを明らかにしました。その結論は強い説得力を有し、同氏の研究業績は国内外で高く評価されています。

氏名

岩原紳作(いわはら しんさく)

岩原紳作

現職等

東京大学名誉教授、早稲田大学名誉教授

専攻学科目

商法

主要な学術上の業績

岩原紳作氏は、商法の中の金融法および会社法の分野において、一方では情報技術の発展、他方では高度経済成長の終焉とバブル崩壊等の事情により、日本が直面した課題の解決について、理論的基礎を提供し、かつあるべき制度改革の方向性を示す役割を果たしました。

金融法の分野では、電子資金移動電子マネー等の電子決済に関する法律問題を、理論、実務、各国法制度の発展等を検討して解明し、それまで有価証券法、契約法等の分野で断片的に取り扱われてきた法律問題を「資金決済法制」という一つの学問的領域に纏める仕事を行いました。

会社法の分野では、一時有力であった株主総会決議を争う訴訟の利用を制限する立法論および解釈論を批判した論文、外国との法規制、実態の違い等に配慮せずファイナンス理論等に依拠して制度改革を行うことを批判的に分析した自己株式取得規制の見直しに関する論文等が代表的な業績です。


【用語解説】

電子資金移動
金銭債権・債務を清算することを「決済」といい、現在の決済は預金の付け替えの方法で行われることが多いが、それも紙ベース(手形・小切手)ではなく、電子的方法による振込・振替(ATM、インターネット等)が主流である。これが電子資金移動(EFT : Electronic Fund Transfer)である。
電子マネー
電子的な決済手段の一種で、取引ごとに決済情報をやり取りするクレジットカードと異なり、あらかじめ現金、預金等と引き換えに電子的貨幣価値を引き落としておき、その貨幣価値のやり取りによって決済を行う。Suica等のICカード型、オンラインで電子マネーに関するデータベースと接続したネットワーク型等の種類がある。
株主総会決議を争う訴訟
取締役を選任する等の株主総会の決議の内容または手続に違法な点があるとして、株主などの会社関係者が提起する訴訟をいう。原告となり得る者の資格(原告適格)、提訴期間、形成訴訟性(決議に違法な点があっても、裁判で勝訴判決が出ない限り決議を有効なものとして扱う)などの要素がどの程度強い法制度にするかによって、訴訟利用の制限の度合いが違ってくる。
自己株式取得規制
会社が自社の発行済株式を有償で株主から買い取るのが「自己株式取得」である。出資の払戻しとして会社債権者の利益を害するおそれ、相場操縦のおそれ等があるとして、ごく例外的な場合を除いて禁止する法規制が行われていたが、バブル崩壊後、経済界等から規制緩和を求める主張が強くなり、会社法、金融商品取引法等が定める弊害防止措置を遵守すれば取得を原則自由とする法制に転換した。

第1部第3分科

氏名

佐和隆光(さわ たかみつ)

佐和隆光

現職等

京都大学名誉教授、滋賀大学名誉教授、国立情報学研究所名誉教授

専攻学科目

計量経済学・環境経済学

主要な学術上の業績

佐和隆光氏の業績はいくつかの分野に亘り極めて数多くあります。第一に、同時方程式モデルの係数推定量の小標本分布を導出するという、計量経済学における画期的業績を挙げ、若くして、その名を世界の経済学界に知らしめました。第二に、最新の科学史・科学哲学の文献に照らして、また異分野の碩学との真摯な対話を通じて、経済学の方法論について数々の論考を著し、「科学」としての経済学の意味と意義についての理解を深めることに貢献しました。第三に、日本経済の時々の課題、経済思想、資本主義体制、科学技術と社会に関する著書及び論考を次々と刊行し、いずれも数多くのまた広範な読者を獲得し、多大なる社会的影響を及ぼしました。第四に、環境経済・政策学会の会長として環境経済学の世界大会を成功に導き、わが国の環境経済研究の国際化に貢献しました。第五に、気候変動緩和(二酸化炭素の排出削減)策と経済成長が両立可能であり、二酸化炭素排出削減に資するイノベーションが21世紀の経済成長の原動力となり得ることを論証し、著書及び論考を相次いで刊行し、経済合理性に基づく気候変動緩和策の提言に努めました。


【用語解説】

同時方程式モデル
経済変数間に想定される因果関係を確率的誤差項付きの連立方程式に表現する。モデルに含まれる変数は、内生変数・外生変数・ラグ付き内生変数に分類される。外生変数(政府政策、海外要因等)を所与とし、内生変数を連立方程式の解として導く。モデルの含む未知の係数値は時系列経済データを用いて推定される。
計量経済学
統計データに基づく経済理論の実証、とくにマクロ経済理論を同時方程式モデルに表現し、モデルの含む未知の係数値を統計データに基づき推定し、理論の実証と予測などを担う経済学の主要分野。

氏名

八田達夫(はった たつお)

八田達夫

現職等

アジア成長研究所理事長、大阪大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授

専攻学科目

公共経済学

主要な学術上の業績

八田達夫氏は、市場や政府の失敗がある場合の経済厚生の改善策を研究する経済学の分野である「厚生経済学」を中心とした理論分析において業績を挙げる一方、市場の失敗に起因する日本経済特有の政策課題を厚生経済学に基づいて分析し、数多くの法改正に経済学的根拠を与えました。

1970年代には、各産業で既に価格が限界費用から乖離するという歪みがあるときに、一つの産業だけで歪みを排除すると経済効率がむしろ下がり得るというセカンド・ベスト理論によって、厚生経済学の現実適用性が危惧されていました。八田氏は、経済厚生を逐次改善する歪みの縮小方式を様々な経済モデルにおいて提示し、この危惧の払拭に貢献しました。さらに、この厚生経済学研究で先駆的に活用した補償需要関数を様々な分野において、政策変数の変化がさまざまな経済モデルの効用水準や価格などの他の変数へ及ぼす効果の分析(比較静学)に用いて新機軸を開きました。同氏は、これらの研究で、国際的なトップジャーナルに多数の論文を発表し、高く評価されています。

続いて、混雑、外部不経済、情報の非対称性のような、市場の失敗によって発生している社会問題への対策に厚生経済学を活用し、日本の都市政策、住宅政策、電力市場等のための規制改革及び高齢化時代への財政政策などの分野で、経済学的な論点整理と解決策を提示し、政策提言のための理論・実証研究を開拓しました。


【用語解説】

限界費用
ある財・サービスを一単位増産するために要する費用。
補償需要関数
効用水準と諸財の価格とを変数とし、その効用水準を与える財の組み合わせの中で、与えられた価格の下で支出を最小にする組み合わせを示す関数。

第2部第4分科

氏名

香取秀俊(かとり ひでとし)

香取秀俊

現職等

東京大学大学院工学系研究科教授、
理化学研究所光量子工学研究センター時空間エンジニアリング研究チーム チームリーダー、
理化学研究所香取量子計測研究室招聘主任研究員、
科学技術振興機構未来社会創造事業プログラムマネージャー

専攻学科目

量子エレクトロニクス

主要な学術上の業績

香取秀俊氏はセシウム原子時計の精度を千倍程度上回る光格子時計を提案し実現しました。現在、時間の単位「秒」はセシウム原子時計で定義され、その精度は15桁に達しています。原子時計はGPSをはじめとする全地球測位システムに必須であり、電波時計用の標準電波の送信、通信ネットワークの同期、国際証券取引などに使われ、現代社会を支えています。

原子時計の精度は、原子の運動に伴うドップラー効果による振動数変化や原子の観測の際に生じる量子雑音で制限されます。香取氏はレーザー光の干渉により光格子を作り、光の波長より狭い領域に原子を閉じ込めることでドップラー効果を抑制するとともに、多数原子の測定により量子雑音を低減する光格子時計を提案しました。この光格子を作る光電場の影響を排除するため、関与する準位のエネルギー変化を相殺する魔法波長を用いることで18桁の精度を実現しました。光格子時計は「秒」の再定義の最有力候補であり、それを使い「重力が強いと時間はゆっくり進む」という一般相対性理論の検証も行いました。重力を時間の進み方の違いとして検出することで、相対論的測地学や地殻変動観測にも応用できます。


【用語解説】

セシウム原子時計
セシウム原子の基底状態は原子を構成する電子スピンと原子核の核スピンの間の超微細相互作用によってわずかに分裂し、マイクロ波を吸収することでその状態間で遷移が生じる。現在の国際単位系では、このマイクロ波の振動周期の9,192,631,770倍を1秒として定義している。
ドップラー効果
波の発生源が移動する、あるいは観測者が移動することで観測される周波数が変化する現象のこと。走行中の救急車が発するサイレンの音の変化がその典型的な例である。
量子雑音
原子時計では、基底状態と励起状態の重ね合わせ状態の原子を使って周波数精度を向上させる。この重ね合わせ状態を観測するとき、基底状態か励起状態かに状態が決まり、量子雑音が発生する。多数の原子の測定を行うことで量子雑音が低減できる。
光格子(ひかりこうし)
対向するレーザー光の干渉によって作られる定在波の腹に原子を捕獲し、原子を格子状に配列させたもの。光電場による周期的ポテンシャルで多数の中性原子を各格子点に閉じ込めることができる。
魔法波長
光格子を作るレーザーの電場の大きさによって原子のエネルギーが変化する。その変化は原子の基底状態と励起状態で異なるが、ある波長のレーザーで光格子を作ると、2状態でのエネルギー変化が等しくなるため、光格子によるエネルギー変化が除去される。このレーザー光の波長を魔法波長と呼ぶ。
一般相対性理論
アインシュタインが特殊相対性理論を発展させた物理学上の理論。この理論によれば、均質な時空間は質量により歪み、それが重力を引き起こす。質量の周囲の時空間は歪んでいるために、光は直進せず、時間の流れも変化する。これが重力レンズ効果や時間の遅れなどの現象を引き起こす。また質量が移動する場合には、時空間の歪みが移動・伝播していくために重力波が生じる。
光格子時計の原理
光格子時計の原理:多数のストロンチウム原子を光の定在波の腹に閉じ込め光格子を形成する。この原子の基底状態と励起状態の間のエネルギー差に対応する振動数をもとに1秒を決める。魔法波長のレーザーで作られた光格子では、基底状態と励起状態のエネルギー差がレーザーの強度によらず一定に保たれるため、高精度な原子時計が実現できる。

第2部第5分科

氏名

岡田恒男(おかだ つねお)

岡田恒男

現職等

東京大学名誉教授、日本建築防災協会顧問

専攻学科目

建築学・耐震工学

主要な学術上の業績

人工物は人類に大きな恩恵を与えてきました。建築はその代表のひとつです。一方人工物は自然災害、事故、などにより、被害を人類に与えます。建築の地震による被害は、その代表的なものです。岡田恒男氏は、基礎的な構造力学の適用によっては解けない多様なコンクリート建築における地震被害について多くの調査、実験に基づく独自の理論をつくり上げ、各建築物に対する耐震性をIs値という指標で表す耐震診断基準を作り、国内だけでなく世界の既存建物の補強によって、地震被害を激減することに成功しました。岡田氏の研究は、建築物の地震被害の軽減だけでなく、現代社会を覆う人工物が地球環境問題を引き起こす状況において、人工物を作り出す技術の研究は、目的を実現するための学問だけでなく、その背後に眠っている負の効果についての学問が不可欠であるというメッセージを科学研究者に提示しています。


【用語解説】

Is値
建築物の基本的な耐震性能を、その強度だけでなく靭性(粘り強さ)も加えて表す数値。このIs値により、建築物の耐震性を数値で比較できるようになった。
既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断基準 鉄筋コンクリート校舎の耐震指標(Is)の分布

第2部第7分科

氏名

白土博樹(しらと ひろき)

白土博樹

現職等

北海道大学大学院医学研究院教授、
北海道大学大学院医学研究院医理工学グローバルセンター教授、
北海道大学ディスティングイッシュトプロフェッサー

専攻学科目

医学・医理工学

主要な学術上の業績

白土博樹氏は、がん放射線治療において、「正常細胞に当たる放射線の量と範囲を減らし、がんだけに放射線を集中する」ため、放射線治療の空間的・時間的精度を高めた4次元放射線治療という新分野を開拓しました。呼吸や腸動などで動く臓器の小型がん近傍に留置した金マーカの位置をパターン認識技術で0.03秒毎に±1–2mmで捉え、0.1秒以内に同期照射することで正常組織への照射範囲を減らす世界初の「動体追跡X線治療装置」、大型のがんへの線量集中性に優れる「動体追跡粒子線治療装置」を考案し、医理工連携・産学連携で開発し、薬機承認・保険収載・海外展開を先導する一方、腫瘍の動きに関する学術的知見や予測数式モデルを一般公開することで、様々な4次元放射線治療技術の世界的な普及と患者への還元に貢献しました。また、医療機器の研究開発や品質管理を行える若手研究者や医学物理士の育成、国際標準・国際勧告の作成・審査等を通じ、放射線科学技術の発展に寄与してきました。


【用語解説】

がん
体内の様々な臓器の中のある細胞の異常増殖から始まり、初期には同一部位で増殖しているが、その後、周囲への浸潤・転移を来たし、無治療のままだと患者を死に至らしめることもある。我が国の死亡原因の第一位であり、その治癒のためには、できるだけ初期に診断して、全身への転移が広がる前の段階で、手術療法、放射線治療、薬物療法などにて治療をすることが重要。
放射線治療
物質を電離することが可能なX線などの放射線を、細胞に大量に照射すると、細胞が死滅することを利用する治療法。
パターン認識技術
画像データ等の中から一定のパターン(例:金マーカの形状)をコンピュータで自動抽出する技術。
同期照射
ある信号が予め設定した条件を満たす間だけ、放射線を自動的に照射する技術。
粒子線治療
体をすり抜けるX線の代わりに、体の任意の深さで停止することができる陽子線や炭素線を利用した、放射線治療。
保険収載
我が国の国民皆保険制度を利用することが認められること。
医学物理士
加速器・線量測定等の物理を理解し医学に応用できる理工系研究者で、病院内での高精度放射線治療・粒子線治療等の治療計画・品質管理を担当する。
初代動体追跡X線治療装置

初代動体追跡X線治療装置

動体追跡陽子線治療装置

動体追跡陽子線治療装置

動体追跡なし(左)とあり(右)の照射範囲

動体追跡なし(左)とあり(右)の照射範囲

動体追跡装置で解明された体内の肺がんの呼吸性移動の軌跡

動体追跡装置で解明された体内の肺がんの呼吸性移動の軌跡