日本学士院

PJA ニュースレター No.16

インタビュー 原 昌宏  (聞き手)金出武雄

印刷物に記されたウェブサイトへのリンクやキャッシュレス決済などで目にしない日はないほど普及しているQRコード。そのQRコードを開発したのが原 昌宏株式会社デンソーウェーブ主席技師です(QRコードは同社の登録商標)。従来から使われているバーコードが1次元であるのに対し、QRコードは2次元で設計され、様々な工夫により飛躍的に情報量を高め、また高速かつ正確に読み取ることができる特徴があります。1994年の開発以来、QRコードはその便利さや機能拡張に加え、ライセンスフリーで利用できるようにしたことなどから、世界中で利用されるようになりました。原氏と情報学・ロボット工学・人工知能が専門の金出武雄カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授に、QRコードの発明から、学術的な意義、今後の発展まで、ともに語っていただきました。

インタビュー写真

金出:恩賜賞・日本学士院賞のご受賞、おめでとうございます。QRコードはまさに情報インフラです。実は私は、「日本発」とか「日本独自」ということを強調するのは、そのくくりの中でないと大したことではないと暗に認めているようなものなので好きではないのですが、QRコードの場合は本当の意味で、日本発で世界の情報インフラになったおそらく唯一のものです。非常にすばらしいお仕事であり、改めてお祝いを申し上げます。

:本当にありがとうございます。

金出:何度も聞かれて何度も話されていることだとは思いますが、PJAの読者のために、開発のいきさつ、どんなふうに始まったかをまず、お話ししていただけますでしょうか。

:開発にとりかかったのは1992年です。当時はバブルが崩壊し、自動車業界でもニーズの多様化に対応して、大量生産から多品種少量生産へ、いろいろな車を作ることが必要になってきていました。トヨタの生産現場では、よく知られているようにカンバン方式が使われていて、部品はバーコードで管理していたのですが、多品種少量生産で部品点数が飛躍的に増えることになりました。情報量が増大する一方で、小型の部品管理のためにはできるだけ小さいコードも求められ、バーコードでは限界が見えてきていました。それともう一つ、自動車の生産現場では油汚れや破損がつきものですが、バーコードは汚れたり破損すれば読めなくなります。太いか細いかで読むので、最悪の場合、太いバーが細いバーに化けて間違って読まれてしまう。ある部署では何度か読ませて多数決で決めるようなこともやっていて、作業員に大変な負担がかかっていました。こうしたことを見たときに、いかにも作業効率が悪いし、疲労の原因にもなる。これではだめだ。バーコードはこれからさらに情報が増えた時に使えない。情報化時代に対応するためには、まったく新しい仕組みを開発しなければならないと思ったのです。

金出:なるほど。バーコードは1次元だから情報量を増やすには2次元にする。素直な考えではありますが、すんなり進んだのでしょうか。いろいろと考えたけれど、やめたとか、そういうことはありましたか。

:最初はバーコードを多段に並べたものを考えました。米国などではこの方式でした。それをスキャンして読む仕組みです。もっと情報を入れたいとなれば、何段にも高くするわけです。一方で、マトリクスにして格子状に並べると、どんどん分解能が高くなり、はるかに多い情報が入れられますが、問題は当時のプリンタの性能でした。線を引いてもゆがんだり、インクがにじんだりする。マス目が黒く塗れなかったりして読めなくなるんじゃないかと非常に心配していました。情報をたくさん入れても、実際に工場で読めなくては困ります。なんとか工場の悪環境でも読めるものにしなければなりません。

金出:それをどう乗り越えたのですか?

:私は囲碁をやっているんですが、碁石を置くときに必ずずれがあります。また、その素材は、プロが使う高級品はハマグリですが、私たちが使うのはプラスチック製で、欠けることもあります。それでも問題なく使えることを考えると、インクのかすれをAIなどを使って読み取り装置側で判断すれば、多少汚れや破損があっても読めるんじゃないか。思い切ってその方式で行こうということになりました。

囲碁
コード外形の特定

金出:いい話ですね。そして、次に出てくるのが、今度は数学的な話として、ガロア体理論に基づくリードソロモン符号による誤り訂正ですね。豊田中央研究所(以下、豊田中研)の人たちと一緒に取り組まれたそうですが。

:はい。汚れたり破損したりした部分にどういう情報があったのか、それを割り出すのが誤り訂正機能ですが、それにはソフトウェアに関する最先端の知識が必要です。私たちはハードは強いけれど、ソフトは必ずしもそうではない。そこで、豊田中研に支援を求めたのです。

金出:バックグラウンドが違う人と一緒にやることは、いろいろな開発プロジェクトが成功するうえで重要なファクターです。それが自然に出てきたのは素晴らしいなと思いました。

:バーコードの研究をしていたので、多少はわかってはいましたが、やるからにはこだわっていいものにしたい。それなら詳しい人に頼んだ方がいいだろうということになりました。

金出:そういう雰囲気があったということでしょうか。重要な開発に外の力を借りる。デンソーにとってトヨタは外なのかということはあると思いますが。

:もちろんグループ会社ですし、豊田中研にはデンソーも出資していて、その双方にかかわるテーマについては委託できることになっており、それを利用しました。

金出:それはいい仕組みですね。

:この分野ではどうしても欧米が強く、日本はなかなか通用しません。なんとか世界に通用するものを作りたいと考えていたので、そのためにはもっと強い人たちと組もうと思いました。豊田中研から、ソフトウェアに強い2人の研究者が参加してくれました。

金出:元に戻って、QRコードのヒントが囲碁だったということをもう少しお話しいただけますか。

:最初のヒントになったのは碁盤でした。それが基本構造になりました。大変だったのは、コードであることが間違いなく認識されるための特徴的な模様を見つけることでした。本、雑誌、新聞からさまざまな書類まで世界中の印刷物を集めて分析し、文字にはほとんど出て少ない点や線の特殊なパターン(1:1:3:1:1)を発見しました。黄金比と呼んでいますが、この比率でつくった白黒の四角形をファインダーパターンとして三つの隅に置くことで、速く読み取れるQRコードをつくりました。

金出:生産現場で使うことを目的に開発されたQRコードが、これほどまでに日常生活の中で一般に広く使われるようになる日が来ると想像しておられたでしょうか。

:最初は、そういう感じはまったくありませんでした。ただ、コード開発の当初は、流通での利用を考えていたんです。私自身、コンビニのレジでバーコードを読んだり、伝票をOCRで読ませたりといった仕事に携わっていて、生産効率を上げるというより、業務の効率化と正確さ、そしてコンピュータへの情報入力のところを効率化できる、といったあたりまでを想定していました。その後、いろいろな用途で使われ始め、ペーパーレスが言われ、液晶画面がついたスマホも出てきたので、ドコモと用途開発を始めたりもしたんです。自販機でQRコードを読ませることも考えましたが、日本ではまったく普及しませんでした。2000年ころのことです。中国の人がQRコードを見て、使えるなと思っていろいろな使い方を始めたとも聞いています。

金出:いい技術は、いろんなところに関係しているものなんだと思います。必ずしも始めから先を読んでなくても、いい技術はとっかかりがいろんなところにあって、それをつかんで発展するという性質があるのかもしれません。つかむかどうかは、運があります。そう言う意味で、QRコードが発展した最も大きな理由は、CCDカメラがこれだけ細かいものを読めるうえに安くなった、そして、コンピュータが小さく強力になったことです。それがスマホに載った。

:当時難しかったのは、バーコード並みの速さで読むことでした。

金出:ここで私が科学技術的に面白いと思うのは、最初は、QRコードは2次元なので読み取りが難しくなったと考えられただろうということです。バーコードは1次元だからレーザーで1方向にスキャンして素早く読み取っていた。だから、回転とか面の向きとかの影響を受ける。そのままの考えでは2次元のQRコードになると読むのがもっと難しくなるように思う。しかし、実は、まったく逆でQRコードは2次元だったからこそ発達した。つまり、2次元CCDセンサーを使い、十分な処理能力のあるコンピュータを使うと、回転とか面の向きを2次元として一挙に対処できるのでむしろ問題はやさしくなった。センサーとコンピュータの発達で2次元の読み取り装置が高精度高速度になったことで、2次元であることが足かせでなくなり、逆に自由度を増したことになるんです。

:当初はそこまで先を読んでいたかどうかはわかりません。ちょっと言い訳をすると、ビジネスではいかに早く市場に出すかが大事です。バーコードが使われているなかで、5、6年かかるからといって、それまで出さないわけにいかないんです。

金出:良い考えは良い偶然を呼ぶのです。新しい考えが本質的なアドバンテージを持っていたということでしょうか。難しいと思って克服するためにいろいろアイデアを出して考えられた。そのうちに、新しい技術のおかげで難しいと思ったものが楽になって利点になってきた。実に面白いところです。

私達が画像処理の研究を始めた1970年前後には「カラー画像と白黒グレー画像の長短を述べよ」などという試験問題があって、「カラー画像は色という情報を表現できるが、データ量が多いので処理が遅いという欠点がある」が正解だった。つまり、白黒2値画像より、8ビットで階調を表せるグレー画像は8倍のデータ量、さらにカラー画像になるとそのまた3倍のデータ量となるから実時間処理はとても手に負えない。だからカラー画像を使うのは不利という発想が強かった。今では、考えにくいですがね。

:確かに1980年頃、黒と白にしてから読ませていました。グレーは時間がかかると言われていたので。

金出:扱える階調が増えてくると、むしろ細かいパターンが読めるようになってアドバンテージになりました。50、60程度の階調では、あんな細かいパターンは読めませんでした。

:確かに、コンピュータの発展が大きかったと思います。シャープが最初に、携帯で読めるような技術を開発したんです。周辺技術の発達で、ネックを克服しました。

金出:技術の発達のおかげで、細かいドットパターンをこんな小さな装置で読めるようになりました。以前では考えられません。実は随分昔、デンソーを訪ねた時QRコードを見せていただいたことがあるんです。コードを壁に張って、デモをしてくださった。A4の大きな紙にコードが描かれていて、なんだか不細工だなあと思い、すごいものだとは思いませんでした。それが最初の印象でした。恥ずかしながら、見る目がないことを証明していたようなものです。

:見せ方も悪かったんでしょう。QRコードに関する本を書いたイノベーションの専門家も、1996年当時、今のようなことになるとはまったく思っていなかったと言っておられました。開発当初に今日を予想するのは難しかったと思います。

金出:今回のQRコードに対する恩賜賞・学士院賞が異例とみる向きもあるのですが、QRコードの発明が、「単なる技術の工夫で便利なものができた」というのでなくて、学術的に優れたものであると認識すべきと言っているのだと思います。

:産業的に貢献したということで賞をいただくことは多いのですが、今回は学術面で評価していただき、とくに基礎研究として認められたことは、エンジニアにとって大いに励みになるとありがたく思っています。

金出:それはこちらとしてもありがたいです。今回の授賞については、その意味が授賞審査要旨にもしっかり書かれています。審査に関わった一人としては、よくできた文章だと思っているんです(笑)。過去の授賞から見て確かに「異例」なんですね。学士院賞の授賞対象は「学術上特にすぐれた論文、著書その他の研究業績」とあります。QRコードの業績は論文や著書ではないので「その他」に含まれることになります。要旨では冒頭から「異例」との言葉が述べられています。それを読んで、「あの学士院が、と驚いた」という声も聞きました。授賞審査要旨から引用してみます。

「原昌宏氏は博士号の学位を持たない企業研究者であり、論文リストは7件、多くはQRコードについての技術解説論文で、厳密な意味での「学術論文」としては1件、1996年情報処理学会全国大会講演論文集に収録されているのみである。日本学士院賞候補への提議は異例なものであるかもしれない。」

そして、最後にもう一度、異例という言葉が繰り返され、こう結論づけられています。

「従来の『学術論文としての貢献』の観点からは異例かもしれないが、原昌宏氏のQRコードの発明と普及への貢献は日本学士院賞に十分以上に値するものと考えられる。」

「十分以上に値する」に込められた趣旨は学士院の会員にも十分理解されたと思います。論文の多寡にかかわらず、学術として高く評価すべき業績であるとの認識で一致し、恩賜賞にも選ばれました。従来の授賞対象とは確かに違うかもしれませんが、社会を支える情報インフラとしての貢献の大きさを考えれば、前例にすべきよい授賞になったと思っています。

:私も恩賜賞・学士院賞と聞いて大変驚きましたが、そういう評価をしてくださって、本当にありがたいと思っています。

金出:もう一つ、重要なのはタイトルです。「QRコード・システムの開発とその世界的普及への貢献」となっています。単なるQRコードの開発でなく、システムが対象だということです。QRコードの仕組みやルールを決めただけでなく、読み取るための装置、さらには普及も含めた情報インフラシステムとしての評価です。ですから、生産管理の現場などでの大きいものからスマホの中の小さいものまで、また真ん中に絵を入れたり、さまざまな使われ方をしており、ここに学術的な意味があると考えています。つまり、工学というものが本来あるべき姿です。一つの応用にとどまらず、広がりを持ち、利用法まで含めて考えたシステムとして、社会のさまざまな場所で役立っている。そこが実にすばらしいと思います。

:私自身、エンジニアとして、広く使われること、役立つことを常に考え、開発に取り組んできましたので、そう言っていただけると、本当にうれしいです。

金出:私達の思いもそこにあります。学術的という意味は何か。一つひとつの工夫や発明ではなく、システムが重要であり、そこまで考えているからこそ、いろんな用途が出てきて、広く使われるようになる。そういう「考え方」は、まさに学術にほかなりません。

:私自身にとっては、QRコードはツールという位置付けでした。

金出:QRコードの普及には企業としての戦略があったでしょうか。QRコードに対する米国IEEEのマイルストーンという画期的な発明に与えられた賞は、会社としてのデンソーが受賞されています。

:開発した人が所属する会社という意味だったかと思います。

金出:会社としても大きな貢献をしたことは間違いありません。IEEEは、この業績をマイルストーンに選ぶことで立派な見識を示したと思います。過去には新幹線も選ばれていて、同じように評価されたことは大変素晴らしいです。

企業の戦略としては、オープンとクローズドがあります。この辺はなかなか難しいんですが、デンソーは、QRコードについては権利を主張せず、利用を広げるオープン戦略をとり、その結果として世界中に利用が広がりました。しかし、日本人の見方からすると、米国のIT企業は強欲だから、自分の利益を追求することを考えて、こうしたコードの利用に対しても対価を要求したのではないか、という声が出るかもしれません。例えば、スマホでの利用について1台当たり1銭でも課金すれば、大変な利益になったはずですから。ただ、逆に考えると、技術は広まって使われてこそであり、いくらいい技術でも使われないと意味がない。使われれば、人々は便利になり、世の中もよくなってくるので、そうした技術を考えた人や広めた人、使われるようにしたことなどに対して対価を与える、というのはあり得ると思います。

:エンジニアからすると、使ってもらえるようにすることが使命です。確かに、スマホ1台あたり0.01銭でも大変な金額になります。しかし、課金していたら、皆が使ってくれたかどうか。一方、ビジネスの面から考えると、どうしても得意不得意があります。ものづくりは得意でも普及させるのは不得意、となると、オープンにして使いやすい環境にするというのがリーズナブルなセオリーだと思います。でも、ここまでくると、これだけ用途が広がることを最初から考えていなかったのではないか、とよく言われるんです。それに対する答えは、もちろん考えてはいたけれど、果たして本当にそこまで使われるようになるのか、なかなか確信が持てなかったというのが正直なところです。そこは、青色LEDとは違うところです。

金出:いわゆるソフトや考えのようなものは評価しづらいこともある。日本の会社はソフトは得意じゃないと言われる。見えるもの以外は評価が難しいですから。

:会社にとっては形があるものの方が判断しやすく、ソフトは上層部も判断しにくいことはあると思います。

金出:最近は、変わってきているのではないでしょうか。

:そうですね。変わってきていると思います。ハードがある程度進んでしまい、今は進歩があまり考えられません。以前はソフトがあっても、ハードが追いつかなかった。QRコードもそうでした。今は、どちらかといえば、ハードが進んだので、ソフト面でいろいろできるようになりました。

金出:ハードとソフト、両方の兼ね合いがポイントですね。原さんのように実際にやってこられた方がおっしゃると、説得力があります。

:オープン戦略をとったのは、画期的なものを作って特許にしても、普及に時間がかかってはコストをなかなか回収できないということもあります。実際、海外にまで普及したのは2010年代になってからで、十何年という時間がかかっています。

金出:コロナ禍で普及が大きく進みましたね。

:はい、非接触ニーズが出てきて、注目されました。コロナ禍でQRコードがどれくらい役立ったか、2021年に4カ国を対象に行った調査があります。「QRコードを利用したか」「QRコードが役に立ったか」を聞いたところ、日本はそれぞれ61%、42%だったのに対し、中国は88%と73%、米国は77%と58%、英国は91%と81%と、海外の方がはるかに利用が進んでいるという結果でした。

金出:海外の方がより使われています。

:東南アジアへ行くと、QR自販機やQRメニューなどが広く使われています。日本では、仕事で自治体を訪ねても、機械が古くて、まだファクスを使っていたり、バーコードが残っていたり。QRコードはデンソーという企業のものというイメージがあって使いにくいのかもしれません。

金出:もっと広いDXという点で日本の遅れがありますね。よく日本はいろいろな技術が好きだと言いますが、例えばQRコードを政府に取り入れるなど、公的な場で取り上げるのは遅く、やっとコロナで始まったという面もあります。中国はとにかく早かった。日本はQRコードでお金を扱うことには慎重でしたが、中国の人はまったく気にしない。

:偽札をつかまされるよりはQRコードの方がむしろ安全という感覚があるようです。中国では電子決済に不可欠の手段となっています。

金出:技術の普及にも社会性が関係あるということですか。

:すごくあります。フランスは伝統的に保守的で、欧州で普及が最も遅い国の一つでしたが、コロナでようやく使われ出したようです。お国柄もあります。

金出:これからますます広がっていきそうです。今後の展開として、どんなことを考えておられますか。

:当初は7000文字、34万画素程度でした。どんどん大きくしたいし、要求が出てきたらやろうと思っていましたが、まだネットワークが発達していませんでした。しかし、最近ネットワークが発達する一方で、今回の能登半島地震のような災害が起きたときにはネットワークが使えない事態もある。地震がおきたときなどに一番困るのは医療関係です。患者さんのデータが必要ですから。QRコードにデータを入れておけば、そういうときに役立つはずです。多くのデータが入るようになれば、心電図やレントゲン画像なども入れられるし、RGBで色もつけられます。

QRコードの進化と拡張

金出:たしかにQRコードがあれば、どこにでも持っていけます。通信ネットワークが切れていてもいい。

:地下でネットワークが来ない場合もあります。オフラインの需要もあるのではと考えています。

金出:オフラインの価値の見直しですか。すばらしい観点だと思います。いざというときに、自分のすべてがわかるというのはありがたい。ただし、特別なコードで、許可した人にしか読めないようにする必要がありますが。

:はい。そうした医療情報は個人の情報のかたまりになるので、セキュリティが重要です。もともと、多くの人に使ってもらうというところから始まったので、セキュリティはあまり考えていませんでした。しかし、ここまで使い道が広がってくると、ここはしっかりやりたいと思っています。

金出:医療でも日常生活でも、QRコードが使えるアイデアはますます、いろいろありそうです。これから面白いものが広がっていきそうです。通信があるときに使うシナリオ、通信がないときに使うシナリオと。

:3次元はと聞かれることもありますが、時間を次元というなら、簡単にできます。面白いかもしれません。

金出:そう、大事なのは考えです。いろんな専門家が入ったら、いろんなアイデアが出てきそうです。何年か前まで家庭用ロボットの研究をしていたことがあるんです。食器を片付けたり、食器洗い機に入れたり、食器にはとにかくいろんな形や素材があるので、それらを認識させるのに大変な苦労をしながらやっていた。そんなことはしなくても、食器や皿にQRコードを打って、カレーなどがついて汚れても読めるようにしておけば、ロボットは、それを見て、重いか軽いか、どこをつかんだらいいかがわかる。データとして書いておけばいいと言っていたんです。でも、皿に大きなコードがついているなんてカッコ悪いと言われた。だけど、人間にはきれいなデザインだが、機械が見たらQRコード、そういうものはいくらでも作れるはずです。数学やアートの大学院生を集めて、かっこよくQRコードを作ることを考えてもらったらいい。

: 5年前くらいから、テレビなどでもQRコードがやたら出るようになってきました。最初は、なんでわけのわからんものを出すんだと視聴者から苦情が多かったそうですが、今ではむしろ、出さないと文句をいわれるくらい。慣れもありますね。

金出:いくらでもやりようはあるし、AIのための位置合わせといった課題でも役立ちそうです。

:イノベーションを起こすのはソフトだと言われていますが、日本の場合、携帯に見るように、ソフトのコンテンツに弱みがありました。用途開発には発想力が重要です。デンソーでも、車と関係がない情報分野は弱い面がありました。まったく別の専門家の知恵が必要で、それをどれくらい、持ってこられるか、ですね。また、これまではニーズ志向でやってきたので、ほかの用途などを考える必要がありませんでしたが、シーズを考えるようになって用途開発を考え始めました。ただ最近は、ニーズ志向が強まり、シーズ志向が弱まるのではないかと心配しています。

金出:ニーズを追求する中からシーズは生まれるので、広く見ている人がいるかどうかが大事なのでしょうか。

:どう評価するか、ですね。

金出:技術をオープンにするかどうか。考えは変化しています。最近、大学でAIをやっている人たちの中にはソフトに関する論文をプレプリントサーバのarXivなどでどんどん出す動きが出ています。特許に関する考え方が変わってきています。大学のアイデアを企業がちょっと変えて特許にし、独占するのはよくないという考えが米国の大学には出てきました。

:若い人は自己主張したい、そういう風潮もあるでしょうか。

金出:特に情報系ではそうですね。原さんにはぜひ、若い学生に発明や開発の面白さを伝えていただきたいと思っています。

:いくつかの大学で客員教授として教える予定になっています。

金出:本当の意味での経験と世界的な実績のある方が若い人に話してくださるのはすばらしいです。大いに期待しています。今回の授賞が、日本でまた新しいものが生まれるのに貢献すれば、賞のさらなる効果というか、賞の意義も深まるので、学士院としてもありがたい限りです。私のような一会員でなく、学士院長が言われるべきことかもしれませんが(笑)

(構成:辻篤子中部大学特任教授)


原 昌宏(はら まさひろ)

1957年、東京都生まれ。法政大学工学部電気電子工学科卒業後、日本電装(株)(現(株)デンソー)入社。(株)デンソーウェーブ AUTO-ID 事業部を経て、現在、(株)デンソーウェーブ主席技師、愛知県幸田町ものづくり研究センター技術顧問。QRコードの開発により、米国 R&D 100Awards(R&D World Magazine)、日本イノベータ大賞優秀賞、欧州発明家賞ポピュラープライズ賞、技術経営・イノベーション大賞 内閣総理大臣賞、市村産業賞 本賞、IEEE マイルストーン((株)デンソー及び(株)デンソーウェーブにおけるQRコード開発への授賞)、恩賜賞・日本学士院賞を受賞。

金出 武雄(かなで たけお)

1945年、兵庫県生まれ。京都大学大学院工学研究科博士課程修了。現在、米国カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授、京都大学高等研究院招聘特別教授。カーネギーメロン大学ロボティクス研究所長、産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター長など歴任。計算機視覚と知能ロボットの研究者。コンピュータによる顔画像認識、自動運転、多数のカメラを使うVRメディアなど今日日常使われる多くの技術の開発で知られる。Franklin Medal Bower賞、京都賞、IEEE Founders Medalなど受賞。文化功労者、アメリカ工学アカデミー特別会員、日本学士院会員。