日本学士院

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日本学士院賞授賞の決定について

日本学士院は、平成20年3月12日開催の第1017回総会において、日本学士院賞9件(諸熊奎治氏に対しては恩賜賞を重ねて授与)並びに日本学士院エジンバラ公賞1件を決定しましたので、お知らせいたします。
受賞者は以下のとおりです。

1. 恩賜賞・日本学士院賞
研究題目 「分子の構造・機能・反応設計に関する理論的研究」
氏名 諸熊奎治(もろくま けいじ) 諸熊奎治
現職 京都大学福井謙一記念研究センター・リサーチリーダー
米国・エモリー大学名誉教授
分子科学研究所名誉教授
総合研究大学院大学名誉教授
生年(年齢) 昭和9年(73歳)
専攻学科目 理論•計算化学
出身地 鹿児島県鹿児島市
現住所 京都府京都市左京区
授賞理由

諸熊奎治氏は、量子理論に基づく計算化学の新しい手法を開発し、電子計算機を駆使することによって、様々な分子の構造と機能の予測およびその反応設計に関して、顕著な理論的業績を挙げました。研究対象も、小分子系の化学反応の精緻な研究からタンパク質などの巨大分子の構造と機能に関する研究などと多岐に亘っています。例えば、フラーレン、ナノチューブなどの炭素系分子材料の生成過程の解明や、遷移金属錯体による均一系触媒反応の反応機構の解明は、特に顕著な業績です。さらに、化学反応の機構と経路を研究するための有用な方法を展開して、化学反応の理論設計を容易にするとともに、巨大分子系を効率的に研究するためのオニオム法を開発して、巨大分子系の量子理論の研究に新しい道を開きました。

【用語解説】

フラーレン及びナノチューブ(カーボンナノチューブともいう)
炭素原子からなる物質には、古くから6個の炭素が六角形を形成している炭素六員環からできている黒鉛(グラファイト)と正四面体の繰返しからなる宝石ダイヤモンドが知られている。1985年になり、炭素原子の六員環と五員環でつくられた球状分子フラーレンが発見され、C60からC120までの様々な大きさの球状分子がつくられている。さらに1991年六員環の網状平面が巻いた形をした筒状分子ナノチューブが見つかり、興味深い物性を持つ新材料として多くの研究が行われている。
遷移金属錯体
地球を構成する92種の原子(元素)の内80種余が金属元素で、その中の周期表の第4周期以降で3族から11族までの原子を遷移金属原子と呼ぶ。これらの原子は、特徴のある電子構造を持ち、他の分子や原子と弱く結合して錯体をつくる。この遷移金属錯体は、興味深い触媒機能や不思議な生理活性を持つことが多い。その理論解明は、化学の中心的研究課題の一つである。
オニオム法
巨大系や複雑系の計算に際して、系を最も重要な核心部分とそれを取り巻く2次的3次的な部分に分け、核心部分は高精度に、2次的3次的なところは順次簡便で容易な方法に落として計算する手法。これによって、精度をあまり犠牲にすることなく、蛋白質などを含む複雑な系を理論計算の対象とすることができる。オニオムは玉葱(オニオン)をもじったもの。
2. 日本学士院賞
研究題目 『ローマ帝政初期のユダヤ・キリスト教迫害』
氏名 保坂高殿(ほさか たかや) 保坂高殿
現職 千葉大学文学部准教授
生年(年齢) 昭和30年(52歳)
専攻学科目 西洋古典学、西洋古代史学
出身地 東京都文京区
現住所 千葉県千葉市稲毛区
授賞理由

保坂高殿氏著の『ローマ帝政初期のユダヤ・キリスト教迫害』(教文館、2003年)は、ローマ帝国側史料の精緻な文献学的分析により、教会側史料の証言を偏重しがちな従来の迫害史研究に批判的一石を投じ、それの根本的再検討を迫った意味で画期的な労作です。

従来のキリスト教迫害史の研究は長年にわたり、ローマ帝国政府はキリスト教を信ずる社会集団に対し、ローマ法に基づき「司法的に対処した」との暗黙の前提に立って、迫害原因を国是に反する教会の反社会的側面に求め、専らその側面の解明にのみ力を注ぎ、帝国政府は教会所属自体を有罪視していたとの暗黙の前提に立って、教会側の史料に疑いをかけることをしませんでした。

保坂氏は、主として帝国側の史料に拠り、これらの研究史上の前提を覆し、「帝国政府は教会所属をそれ自体として有罪視したり、また教会組織の破壊を企てたりしたことはなく、治安上「懲戒権」を行使した、つまり教会側史料が証言する意味と規模での帝国主導による「迫害」は存在しなかった」との結論に達しています。

このような結論は、帝政後期の対教会政策をも、諸皇帝の改宗あるいは信仰心といった宗教的動機からではなく、純粋に政策的観点から考察する道を拓くものとして高く評価されます。

【用語解説】

ローマ帝政初期・後期迫害
帝政初期迫害は1世紀-3世紀中葉。後期迫害は3世紀中葉-4世紀
懲戒権
ラテン語coercitioの邦訳用語。ローマ帝国属州総督を含む公職者に与えられた命令権の一つで、公共の秩序の維持を目的として行使された一種の警察権。正式の刑事訴訟手続上の制約(罪名の確定等)を受けることなく権限保持者の自由裁量によって、時として恣意的に行使された。
3. 日本学士院賞
研究題目 『日本の不平等』
氏名 大竹文雄(おおたけ ふみお) 大竹文雄
現職 大阪大学社会経済研究所長・教授
生年(年齢) 昭和36年(47歳)
専攻学科目 労働経済学
出身地 京都府宇治市
現住所 大阪府箕面市
授賞理由

大竹文雄氏著の『日本の不平等 格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞社、2005年)は、政府等の統計やアンケート調査の結果を計量経済学的に分析し、日本における所得・賃金の格差問題の実態と原因を実証的に明らかにした画期的業績です。

1980年以降に見られた所得・賃金の格差の顕著な拡大について、米国・英国等ではIT(情報技術)革命と経済のグローバル化による学歴間賃金格差の拡大がその原因とされてきました。大竹氏は、日本では2000年頃までの格差拡大の主な原因はそのような要因によるのではなく、人口の高齢化と世帯構成の変化(二人世帯、単身世帯の増加等)にあることを明らかにしました。また、米・英等では顕著な、いわゆるディジタル・ディバイドの傾向は、日本ではほとんど見られないことを示しました。

大竹氏はまた、格差の実態と人々の意識の差の関係を、独自に行ったアンケート調査の結果に基づき明らかにすることを試み、その一例として所得再分配政策の強化を支持するのは日本では他国と異なり女性より男性に多いことを示しました。

大竹氏は早くから日本の所得・賃金の分布に関する諸問題に関心を寄せ、国際的な研究状況を参照しながら実証的研究を積み重ねてきましたが、本書はその集大成であり、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞、エコノミスト賞を受賞するなど学界において高い評価を受けています。

【用語解説】

格差問題
各世帯の所得、労働者の賃金の不平等が拡大すること、また、貧富の差が著しくなっていると人々が意識すること。米国・英国等では日本より早く1980年頃から問題となってきた。日本では1998年以降、「格差問題」「格差社会」に関する書物がベストセラーになるなど社会問題となっている。
ディジタル・ディバイド
パソコンやインターネットの利用手法を使いこなせる者と、そうでない者との間に知識・技術に大きな差が生じ、したがって収入にも大差が生じること。
所得再分配政策
人々が経済活動により得た所得(当初所得)分配の「格差」を、社会保障制度(失業保険・生活保護など)や税制(累進所得税・相続税など)によって縮小する政策
4. 日本学士院賞
研究題目 「極低温電子顕微鏡の開発による膜タンパク質の構造決定」
氏名 藤吉好則(ふじよし よしのり) 藤吉好則
現職 京都大学大学院理学研究科教授
生年(年齢) 昭和23年(59歳)
専攻学科目 生物物理学
出身地 岐阜県岐阜市
現住所 京都府宇治市
授賞理由

藤吉好則氏は、極低温電子顕微鏡の開発を通じて、細胞の脂質膜の中に存在するため解析が困難であった膜タンパク質の構造解析を可能にし、生体内で重要な生理機能を担う種々の膜タンパク質の構造を明らかにしました。

まず、電子線照射による試料の損傷を極低温とすることにより避ければ、電子顕微鏡が原子の配置を直接捉えるだけの分解能を持つことを実証し、この技術を膜タンパク質構造解析に応用しました。代表的な例として、水チャネルタンパク質であるアクアポリン-1、アクアポリン-4等の解析が挙げられ、水の選択的透過というこれらの分子の生理的機能と構造との関係を明らかにしました。

さらに藤吉氏は、ギャップ結合構成タンパク質の一つであるコネキシン26、神経筋接合部の受容体であるニコチン性アセチルコリン受容体等の構造を決め、最近は、単粒子解析法を活用して、電圧感受性Na+-チャネル、IP3受容体、温度や辛味などの化学物質の受容体であるTRPチャネルなどの構造も明らかにしました。

藤吉氏の研究は、膜タンパク質の構造研究分野で世界をリードしており、構造生理学という新しい分野の創設に貢献しています。

 

【用語解説】

極低温電子顕微鏡

液体ヘリウム温度(およそマイナス269度)まで冷却できる電子顕微鏡。試料を極低温に冷却することによって、電子線による生物試料の損傷を室温条件より桁違いに軽減することができる。

膜タンパク質
細胞膜等の脂質2重膜に内在するタンパク質で、細胞が外界との情報や物質交換等を行う上で中心的役割を担っている。そのため、生物学的にも創薬などの応用においてこれらの構造研究が重要と考えられている。
アクアポリン
水を透過するチャネルファミリーの総称で、水を選択的に通すチャネルと水の他にグリセロールなども通す二つのグループに大別される。例えば、最初に発見されたアクアポリン-1は、1秒間に20億以上もの水分子を透過し、いかなるイオンもプロトンも透過しない驚異の機能を有する。ヒトには13種類の水チャネルが知られている。
構造生理学
生物学的に重要なタンパク質が担っている生理機能を立体構造に基づいて理解する学問。例えば、K+チャネルが半径1.33ÅのK+イオンを半径0.95ÅのNa+イオンより10,000倍も速く透過できる機構や、水チャネルが驚異的な速さで水を透過しながらプロトンさえも透過させない高い選択性を示す分子機構などを構造的に説明する研究分野

水チャネル、アクアポリン-1の細胞外から見た構造
水チャネル、アクアポリン-1の細胞外から見た構造。この膜タンパク質は4量体を形成しており、それぞれの構造を異なる表示方法で示している。
5. 日本学士院賞
研究題目 「水メーザー源のVLBI観測による活動銀河中心核と巨大質量ブラックホールの研究」
氏名 中井直正(なかい なおまさ) 中井直正
現職 筑波大学大学院数理物質科学研究科教授
生年(年齢) 昭和29年(53歳)
専攻学科目 天体物理学
出身地 富山県南砺市
現住所 茨城県つくば市
授賞理由

中井直正氏は、銀河の中心にある巨大質量ブラックホールの存在について最初の確証を得た研究者です。

中井氏は、銀河の微細構造を調べるため、特定の波長の強い電波を放出する水メーザーからの線スペクトルに注目し、国立天文台野辺山電波観測所の口径45mの電波望遠鏡を用い、NGC4258と呼ばれる銀河の中心の周りを秒速1000kmで回転するメーザー源を発見しました。中井氏はこのメーザー源を、超長基線干渉計(VLBI)で観測し、さらにアメリカの8000kmの広がりに口径25mの電波望遠鏡を10基配置した装置で観測したところ、内径0.46光年、外径0.91光年の、ドーナッツ状の円盤内でケプラー回転していることが分かりました。このことは、その中心に太陽の3900万倍の質量のあることを示しています。しかし、このような大きな質量が星などの天体の集まりとして1光年以下の広がりの中にあれば、衝突などで拡散し、数千万年の寿命しかないこととなり、しかも、そこからは強い放射線が検出されてないため、そこに巨大質量のブラックホールがあるという結論が導かれます。

その後、世界の多くの研究者が水メーザー源に注目し、7つの巨大質量のブラックホールを見いだしていますが、そのうちの4つは中井氏のグループによるものです。今では多くの銀河の中心にこのようなブラックホールがあると考えられていますが、中井氏の研究はその先駆をなすものです。

【用語解説】

水メーザー
光のレーザーに相当し、特定の波長の強い電波を出すのがメーザーで、水メーザーでは波長13.5mmの電波を出す。
線スペクトル
特定の波長の光や電波での幅の狭いスペクトル線。波長の広い範囲で見られるのは、連続スペクトル
NGC4258
銀河の1つ。NGC4258までの距離は2300万光年、その大きさは10万光年で、中心の周りの水メーザー源の動く範囲は1光年、そして、ブラックホールの大きさは更にその10万分の1である。
超長基線干渉計(Very Long Baseline Interferometry、VLBI)
遠く離れた電波望遠鏡を組合せ、同じ天体からの電波を計算機を使って干渉させる装置。基線が長いほど、角度分解能が向上する。

NGC4258の中心部にある水メーザー源から受信された電波
NGC4258の中心部にある水メーザー源から受信された電波。いくつかの線スペクトルに
分かれているのは、メーザー源の運動によるドップラー効果のためで、それから求めた
視線速度が横軸に書かれている。
6. 日本学士院賞
研究題目 「ファイバー中の光ソリトンの発見とプラズマ乱流の自己組織化に関する研究」
氏名 長谷川晃(はせがわ あきら) 長谷川晃
現職 ソリトン通信代表
中国・天津大学客座教授
中国・浙江大学客座教授
生年(年齢) 昭和9年(73歳)
専攻学科目 物理学
出身地 兵庫県芦屋市
現住所 京都府京都市東山区
授賞理由

長谷川晃氏の業績は、連続体の非線形現象の解明に関わるもので、大きく光ソリトンとプラズマ乱流の2つの研究に分けられます。

20世紀の数学と理論物理学の大きな成果の一つに非線形連続体中に発生するソリトンと自己組織化現象の発見と解明があります。双方とも現象としては19世紀から知られていましたが、20世紀に初めてその理論体系が確立しました。上記の発見は、無限次元空間では非線形性が従来の予測とは逆に形の整ったものを生み出すことを示し、これまでの常識を覆すものとして注目されています。

第1に、長谷川氏は、光ファイバーの非線形効果に注目し、光ファイバー中の光情報伝送を記述する基本方程式の導出と光ソリトンの発見、およびこれを用いた遠距離、超高速光通信の研究で大きな業績を挙げました。

第2に、長谷川氏による磁場中プラズマの乱流を記述する基本方程式(長谷川-三間方程式)の導出と、これを用いたプラズマ乱流の帯状流(ゾーナルフロー)の発生の解明は、核融合プラズマの閉じ込めにつながる業績で、プラズマ核融合の研究に大きく貢献しました。

【用語解説】

光ソリトン
光ファイバー中を伝搬する唯一安定な光パルス。光情報を長距離にわたり劣化させずに伝送できるため、高速光通信に適している。
連続体の非線形現象
水や空気、さらにはプラズマのように無数の分子や原子の乱雑な集まりでできている物質(連続体)中の波動や渦がその強度に応じて複雑な振舞いをする現象(津波などもその例)
ソリトン
非線形で分散性をもつ物体の中を伝搬する安定なパルス状の波動
自己組織化現象
外から細かい制御を行わずに、一定の秩序を持つ組織が生まれる現象
光ファイバー中の光情報伝送を記述する基本方程式
光ファイバーの持つ非線形効果(ファイバーの屈折率が光の強度に応じてごくわずかに増大するカー効果とよばれる現象)と分散効果(光情報の伝送速度が波長によって異なることによる光情報の劣化)を同時に取り入れた非線形シュレディンガー方程式
ゾーナルフロー
プラズマ乱流が自己組織化して、プラズマ中に木星表面の大気に見られるような帯状流が発生する現象
核融合プラズマの閉じ込め
どのような容器をも溶かしてしまう超高温のプラズマを磁場の力でいかに閉じこめるかという核融合における課題の一つ。ゾーナルフローにより、円筒型のプラズマ装置には常に円周方向のせん断流が発生することが示され、トカマックなどのプラズマ閉じ込め装置の基本的な現象として世界的に認識されている。
7. 日本学士院賞
研究題目 「植物核外ゲノム及び性染色体の遺伝子構成と分子進化に関する研究
-ゼニゴケゲノムを中心として-」
氏名 大山莞爾(おおやま かんじ) 大山莞爾
現職 石川県立大学生物資源工学研究所教授
京都大学名誉教授
生年月日 昭和14年(68歳)
専攻学科目 植物分子生物学
出身地 京都府京都市山科区
現住所 石川県金沢市
授賞理由

大山莞爾氏は、ゼニゴケ葉緑体ゲノム及びミトコンドリアゲノム(オルガネラゲノム)の遺伝情報解析並びに性染色体の遺伝子構成と分子進化に関する一連の研究により、国の内外の植物分子生物学研究、ゲノム研究に強いインパクトを与え、これらの研究分野の体系化と発展に大きく貢献しました。

植物細胞には、独自の遺伝情報システムを持つ2種のオルガネラ(細胞小器官)、葉緑体とミトコンドリアが存在し、それぞれ光合成と呼吸という植物の生存に必須な機能を司っています。大山氏は、ゼニゴケ葉緑体ゲノムとミトコンドリアゲノムの遺伝情報の全貌を明らかにし、オルガネラの機能発現に関する研究発展にパイオニア的な役割を果たしました。

それと同時に、大山氏は、半数体雌雄異株植物であるゼニゴケの雄性Y染色体のドラフト塩基配列を決定し、全遺伝子構成を明示しました。これらの研究成果は性の決定機構や性染色体の分子進化に関わる植物分子生物学の基盤構築に大きな役割を果たしました。

【用語解説】

ゲノム
「生物がその生活に最小限必要とする遺伝子群を持つ染色体一組」と定義される。多くの場合、核内の染色体に含まれる遺伝情報のことを示すが、オルガネラ(細胞小器官)が持つ遺伝情報に対してもゲノムという言葉が用いられる。
オルガネラゲノム
植物オルガネラの誕生
約7億年前、紅色細菌が祖先真核生物に取り込まれ、ミトコンドリアの祖先ができ、約4億年前、ラン色細菌が取り込まれて葉緑体の祖先となり、現在の植物細胞になったと言われている。こうして誕生したオルガネラ、ミトコンドリアおよび葉緑体は、オルガネラゲノム(核外ゲノム)として、独自の遺伝情報システムを持っている。
半数体雌雄異株植物
通常、高等生物は父方と母方由来の染色体一組ずつを持つ2倍体(2n)である。下等植物ゼニゴケは父方または母方一方の染色体一組のみを有する半数体(n)であり、雌雄どちらか一方の性染色体のみを保持し、雌雄が異なる個体として生長する植物である。
ドラフト塩基配列
DNAを構成する塩基(ヌクレオチド)がどのように並んでいるかの概要を決定すること。
8. 日本学士院賞
研究題目 「新しい生理活性ペプチドの発見とその基盤的研究-グレリンを中心として-」
氏名 寒川賢治(かんがわ けんじ) 寒川賢治
現職 国立循環器病センター研究所長
生年(年齢) 昭和23年(59歳)
専攻学科目 生化学
出身地 徳島県板野郡板野町
現住所 大阪府箕面市
授賞理由

寒川賢治氏は、独自の手法を開発して生体の細胞間情報伝達物質として脳や内分泌系で重要な役割をしている新しい生理活性ペプチドを多数発見し、基礎医学のみでなく臨床医学の発展に大きく貢献しました。その中には心臓や血管系に作用する心臓ホルモン(ナトリウム利尿ペプチド)やアドレノメデュリンもありますが、特に、胃から分泌され、脳に作用して食欲を刺激するグレリンの発見が注目されます。

今から30年以上前に偶然、成長ホルモンの分泌を刺激する化学合成物質が見出され、その後そのレセプター(受容体)も発見されましたが、世界中の研究者の努力にもかかわらず内因性の物質は不明でした。寒川氏らは1999年に胃から、28個のアミノ酸より成り脂肪酸修飾のある特異なペプチドを発見し、これが成長ホルモンの分泌促進、食物摂取の刺激、循環系やエネルギー代謝系の調節などの作用を有することを明らかにして、グレリンと命名しました。グレリンは末梢から中枢に空腹を伝える現在知られている唯一の物質であり、空腹時に増加し摂食とともに低下します。その作用から、現在心臓疾患や痩せの治療への応用が試みられています。寒川氏の業績は国の内外から高い評価を受け、多数の賞を受けており、2000-2001年の注目論文数の世界1位にも選ばれています。

【用語解説】

細胞間情報伝達物質
多細胞生物では細胞と細胞の間に情報を伝達する仕組みが存在し、生体の内部環境を調節し、外からの刺激に対応している。神経系では電気活動が情報を伝えるが、神経と神経の間のシナプスでは神経伝達物質が情報を伝達する。内分泌系ではホルモンが、局所分泌系では局所ホルモンが情報を伝達する。これらの情報伝達物質としては生理活性ペプチドが多く、同じ物質が神経系や内分泌系で作用している。グレリンもホルモンであるが、神経系にも存在していて神経伝達物質としても作用していると考えられている。
成長ホルモン分泌調節
成長ホルモンは成長や物質代謝の調節をあずかる物質で、下垂体から分泌される。その分泌は脳によって調節されていて、促進的に働く成長ホルモン放出因子と、抑制的に働くソマトスタチンが知られていたが、それ以外に分泌促進物質があると考えられ探索されていた。寒川氏はそれがグレリンであることを見出した。
グレリンの多彩な生理作用と臨床応用
グレリンは胃から分泌され、下垂体、脳、心臓、血管系などに作用する。また脳内にも存在し、中枢性の調節にも機能する。
9. 日本学士院賞
研究題目 「パラミクソウイルス病原性の分子基盤の解明と新規発現ベクターの創出」
氏名 永井美之(ながい よしゆき) 永井美之
現職 独立行政法人理化学研究所感染症研究ネットワーク支援センター長
名古屋大学名誉教授
生年(年齢) 昭和14年(68歳)
専攻学科目 ウイルス学
出身地 岐阜県土岐市
現住所 東京都大田区
授賞理由

永井美之氏は、パラミクソウイルスの一種、ニューカッスル病ウイルス(NDV)の病原性は、ウイルス表面の膜融合タンパク質が全身に遍く存在するプロテアーゼ(タンパク質を分解する酵素の総称)により活性化され、全身感染を起こす強毒型と、一部組織のプロテアーゼのみで活性化される、限局的感染の弱毒型に分れることを発見し、NDVパラダイムと呼ばれるウイルス病原性の分子基盤を世界に先駆けて明らかにしました。

パラミクソウイルス・アクセサリー遺伝子の意義は長い間不明でした。永井氏はセンダイウイルス・リバースジェネティクス技術を確立し、同ウイルスの二つのアクセサリー遺伝子は共に、細胞レベルでのウイルス増殖には非必須であるけれども、宿主の自然免疫に対抗することにより、個体での病原性発現に必須の役割を演ずることを明らかにしました。

さらに永井氏は、本技術を遺伝毒性のない高発現RNAウイルスベクターの創出に発展させ、世界で最も有望視されるエイズワクチンの開発をはじめ先端医療への幅広い応用を示唆しました。エイズ研究においては、ウイルス糖鎖機能の解析という新たな研究局面を拓きました。

【用語解説】

パラミクソウイルス
ニューカッスル病、センダイのほかに麻疹、ムンプス、ニパ、ジステンパー、牛疫などの人や動物の重要な病原ウイルスを包括するウイルス科(ファミリー)名。これらは、1本のマイナス鎖RNAをゲノムにもつエンベロープウイルスである。ニューカッスル病ウイルスは鶏の病原ウイルスで、多くの株が分離されている。全身性、致死性感染を起こす強毒株と一部臓器向性の良性、非致死性感染に終わる弱毒株に分けられる。センダイウイルスはマウスに致死性の肺炎を惹起する。
アクセサリー遺伝子
この遺伝子を欠損させてもウイルスは増殖でき、ウイルスの増殖には必須ではないと考えられる遺伝子。永井氏は宿主の自然免疫を避けるのに必須であることを明らかにした。
リバースジェネティクス
遺伝子に任意の改変(遺伝子操作)を施し、その表現型を調べる方法論。永井氏は、センダイウイルスマイナス鎖全長ゲノムRNAのcDNAを挿入したプラスミドを、そのウイルス転写や複製に必須の因子である3種のタンパク質遺伝子挿入プラスミドとともに、細胞にトランスフェクトし、正常型および遺伝子改変センダイウイルスを生成する技術を確立した。
ウイルスベクター
ウイルスゲノムの一部に治療用、ワクチン用などの所望の外来遺伝子を組み込み、本来そのウイルスがもつ感染、遺伝子発現機構を利用することにより、生体外から生体内あるいは細胞内に外来遺伝子を導入、発現させるための運搬体
10. 日本学士院エジンバラ公賞
研究題目 「流域単位の生態系の多様な構造の解明と環境変動への応答に関する研究-とくに安定同位体フィンガープリント法を駆使したその総合-」
氏名 和田英太郎(わだ えいたろう) 和田英太郎
現職 独立行政法人海洋研究開発機構フロンティア地球環境研究センター生態系変動予測プログラムディレクター
京都大学名誉教授
総合地球環境学研究所名誉教授
生年(年齢) 昭和14年(68歳)
専攻学科目 生態学、生物地球化学
出身地 東京都豊島区
現住所 神奈川県横浜市
授賞理由

和田英太郎氏はこれまで困難であった生物界の窒素同位体比の測定を世界で初めて本格的に行い、その海洋・陸域の生物などにおける自然存在比の分布則を提示し、この分野のパイオニアとなりました。特に食物連鎖の過程では15Nが一定の割合で濃縮されるという一般則を発見し動物の栄養段階を決定する方法を提示したことは注目されます。これと炭素の同位体比を組み合わせることによって物質循環を中心とする同位体生物地球化学と食物網の構造を解明する生態学の統合が可能となり、地球環境変動下における生態系や人間活動による生態系の歪みの解析に新たな道を開き、琵琶湖、淀川などの水系に実際に適用しました。

同位体ロゴマーク

生物の体を構成する主な生元素(水素・炭素・窒素・酸素など)には重さの異なる同位体が存在し、例えば、体重50kgのヒトの場合、重い元素は225gに達します(ロゴマーク参照)。これら重い元素の存在比は大きくは食文化の差、あるいは個人の食の好みによっても差が見られます。すなわち生物や関連物質は安定同位体の固有の組み合わせ(フィンガープリント)を持っているのです。そして化学・生化学反応で重い同位体分子は軽い同位体分子に比べてゆっくりと反応し、複雑な生態系を安定同位体比の眼鏡で見ると生態系の窒素・炭素の流れと食物網を介した規則性のある生態系が見えてきます。和田氏の業績は同位体生態学の構築を通して国の内外によく知られ、世界で広く引用されています。

【用語解説】

同位体
炭素や窒素には中性子の数が異なり重さが異なるが化学的性質が良く似ている12Cと13C、14Nと15Nなどの同位体がある。同位体の異なる分子は反応速度が異なり化学・生化学反応において同位体効果が起こり同位体比に規則性のある変化を起こす。
同位体の表記法
自然界における同位体比の変動は小さいため右の式で示した1000分偏差(デルタパーミル)を用いる。この値がプラスのとき重い同位体が標準物質より多いことに対応する。同位体比の式
琵琶湖50年の窒素-炭素同位体マップ上の変遷史
琵琶湖50年の窒素-炭素同位体マップ上の変遷史-汚濁の進行に伴って1960年以降矢印で示されたように琵琶湖の食物網の位置が変化した様子を示している。また水系に沿って堆積物を調べると外洋-陸域の直線で示される汚濁の無い水系に比べ琵琶湖―淀川水系は大きく歪んでいることを示している。この図から生態系の構造の歪みや食物網の中での多様性の喪失が評価できる。