日本学士院賞授賞の決定について
日本学士院は、平成27年3月12日開催の第1087回総会において、日本学士院賞9件9名(細野秀雄氏に対しては恩賜賞を重ねて授与)を決定しましたので、お知らせいたします。受賞者は以下のとおりです。
1. 恩賜賞・日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 無機電子機能物質の創製と応用に関する研究 | |
氏名 | 細野秀雄(ほその ひでお) | |
現職 | 東京工業大学フロンティア研究機構教授、 同大学応用セラミックス研究所教授、 同大学元素戦略研究センター長 |
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生年(年齢) | 昭和28年(61歳) | |
専攻学科目 | 材料科学 | |
出身地 | 埼玉県川越市 | |
授賞理由 | 細野秀雄氏は、独自の材料設計指針に基づき酸化物系の電子機能を探索し、以下の成果を挙げました。第1は鉄系高温超伝導体の発見。磁性元素である鉄は超伝導発現に有害と信じられていましたが、鉄化合物(オキシニクタイド)が高い臨界温度で超伝導を示すことを見出しました。これは銅酸化物超伝導体に匹敵する新大陸となりました。2番目は透明酸化物半導体の分野の開拓で、多くのp/n型、および両極性半導体物質を報告しました。また、透明アモルファス酸化物(TAOS)を設計し、それを薄膜トランジスタ(TFT)に用い、アモルファスシリコンより一桁高い移動度を実現しました。その一つIGZOを用いたTFTは、新型ディスプレイの駆動用に実用化されました。3番目は安定な電子化物の創製と物性の解明です。石灰とアルミナから構成されるC12A7結晶を、絶縁体―金属―超伝導体への変換に成功しました。そして、低仕事関数で化学的不活性という性質を見出し、これを利用し高性能なアンモニア合成触媒を実現しました。 【用語解説】
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2. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | モンゴル帝国史研究 | |
氏名 | 志茂碩敏(しも ひろとし) | |
現職 | (公財)東洋文庫研究員 | |
生年(年齢) | 昭和16年(73歳) | |
専攻学科目 | 東洋史学 | |
出身地 | 福岡県戸畑市 | |
授賞理由 | 志茂碩敏氏は、『モンゴル帝国史研究序説:イル汗国の中核部族』(東京大学出版会、1995年2月)及び『モンゴル帝国史研究 正篇:中央ユーラシア遊牧諸政権の国家構造』(東京大学出版会、2013年6月)を通じて、13、14世紀の中央ユーラシア世界を制覇したモンゴル帝国の政権構造を、同時代のイル汗国で編纂され、ペルシア語で書かれた史料群を駆使して徹底的に分析しました。すなわち、帝国の全期にわたり、モンゴル諸部族連合の主従、統属の政治的関係を生みだしていた凝集の原理を追求し、有力な部将達の重要な職掌が、チンギス汗一門との血縁的、擬血縁的な絆にもとづいていることをつきとめこれを緻密に実証しました。この発見は、匈奴、突厥、回鶻、モンゴルと連なる、中央ユーラシアに雄飛したモンゴル系、トルコ系の遊牧部族連合国家の政権構造を広く特徴づけるものであり、中央ユーラシア史研究の画期的な前進に大きく貢献するものです。 【用語解説】
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3. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 高次構造天然有機化合物の合成に関する研究 | |
氏名 | 鈴木啓介(すずき けいすけ) | |
現職 | 東京工業大学大学院理工学研究科教授 | |
生年(年齢) | 昭和29年(60歳) | |
専攻学科目 | 有機合成化学 | |
出身地 | 神奈川県茅ヶ崎市 | |
授賞理由 | 鈴木啓介氏は、生理活性天然有機化合物の全合成、および、その基礎となる合成反応の開発に関する研究を行いました。動植物や微生物などが産生する有機化合物には種々の有用な生理活性を示すものがありますが、中には入手源や産生量の制約から、天然から十分な量が得られないものもあります。そのような場面では有機合成による供給が期待されますが、目的物の構造が極めて複雑な場合は、合成も容易ではありません。鈴木氏は、この観点から従来困難とされていた、多くの不斉中心や官能基を有する化合物の合成に関し、基礎化学の立場から新しい合成反応の開発や合成経路の設計を行いました。反応開発では高反応性化学種を活用し、斬新かつ有用な有機分子構築法や立体制御法を編みだしました。一方、合成研究では糖質、テルペン、ポリケチドなどの生合成の異なる部分構造が複合化した高次構造天然有機化合物を標的として、数々の全合成を実現しました。 【用語解説】
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4. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 地球大気環境科学の研究 | |
氏名 | 近藤 豊(こんどう ゆたか) | |
現職 | 東京大学大学院理学系研究科教授 | |
生年(年齢) | 昭和24年(65歳) | |
専攻学科目 | 地球大気環境科学 | |
出身地 | 静岡市葵区 | |
授賞理由 | 有害な太陽紫外線から生物を保護している成層圏のオゾン層は、人為起源の塩素化合物等で触媒的に破壊されますが、窒素酸化物には塩素ラジカルと結合して安定な化合物に変えオゾン破壊を抑制する作用があります。近藤 豊氏は、いち早く気球搭載用の一酸化窒素(NO)高感度測定器を独力で開発し、弱冠32歳でフランスでの国際気球観測に単身参加して、成層圏NOの高度分布を世界最高の精度で測定しました。 【用語解説】
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5. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | X線観測による中性子星の強磁場の研究 | |
氏名 | 牧島一夫(まきしま かずお) | |
現職 | 東京大学大学院理学系研究科教授、 同研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター長、 (独)理化学研究所グローバル研究クラスタ 宇宙観測実験連携研究グループディレクター |
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生年(年齢) | 昭和24年(65歳) | |
専攻学科目 | 宇宙物理学(実験) | |
出身地 | 東京都杉並区 | |
授賞理由 | 牧島一夫氏は、X線天文衛星「ぎんが」「あすか」「すざく」を駆使し、中性子星X線パルサーの観測を主導しました。重要な業績として、11個の連星パルサーのX線スペクトルに電子サイクロトロン共鳴線を発見し、そこから求められる磁場が(1−4)×108 Tに揃うことを示しました。このことからパルサーの磁場は中性子の磁気能率の整列による強磁性の発現である可能性を指摘しました。 【用語解説】
飛行するラグビーボールに見られる自由歳差運動。その結果、赤い光源に比べ青い光源の変化は、位相が進み遅れする。 |
6. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 光格子時計の発明とその開発 | |
氏名 | 香取秀俊(かとり ひでとし) | |
現職 | 東京大学大学院工学系研究科教授、 (独)理化学研究所香取量子計測研究室招聘主任研究員、 (独)科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 ERATO香取創造時空プロジェクト研究総括 |
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生年(年齢) | 昭和39年(50歳) | |
専攻学科目 | 量子エレクトロニクス | |
出身地 | 東京都北区 | |
授賞理由 | 香取秀俊氏は、レーザー冷却した多数の原子をレーザー光で作られた光格子の格子点に1個ずつ捕捉して超高精度の光周波数標準を実現する光格子時計を発明しました。一般に光格子に捕捉された原子のスペクトル線では、原子の運動速度による周波数変化は除去されますが、光の強さによる周波数変化を免れません。香取氏は魔法波長と呼ばれる波長の光を採択することによって、光強度に依存する不確かさを低減しました。この光格子時計は、現在の基本単位「秒」を定義しているセシウム原子時計より正確さと精密さが1,000倍も高いので、基礎物理定数の精密測定、長さや電圧の精密計測、あるいは重力による相対論的な時間の遅れを1cmの高度差まで計測する測地学や地震学への応用などが期待されています。諸外国においても同氏の考案した光格子時計の研究開発が進められており、国際比較によってその高性能が確認されています。 【用語解説】
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7. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 微生物由来活性物質を用いる真核生物の遺伝子発現機構の解析と創薬への応用 | |
氏名 | 吉田 稔(よしだ みのる) | |
現職 | (独)理化学研究所吉田化学遺伝学研究室主任研究員、 同研究所環境資源科学研究センターケミカルゲノミクス 研究グループ・グループディレクター、 同センター創薬・医療技術基盤連携部門・部門長、 東京大学大学院農学生命科学研究科教授、 埼玉大学大学院理工学研究科連携教授 |
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生年(年齢) | 昭和32年(57歳) | |
専攻学科目 | 応用微生物学・化学生物学 | |
出身地 | 愛知県尾張旭市 | |
授賞理由 | 吉田 稔氏は、生理活性の宝庫である微生物代謝産物の中から、ヒトを始めとする真核生物の細胞増殖・分化に作用する新規活性物質を発見し、それらを用いて遺伝子発現に関わる多段階の調節機構とその生理的役割を解明するとともに、創薬の基盤開発に重要な貢献をしました。 【用語解説】
核の中に収納された真核生物の遺伝子の働きは、ヒストンの化学修飾によるエピジェネティクスの制御、調節タンパク質の核外への輸送、mRNA前駆体のスプライシング等によって多段階で制御されている。このような真核生物特有の調節機構に対する初めての阻害剤を発見し、遺伝子発現制御機構の理解と創薬に貢献した。 |
8. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | HIV-1感染症とエイズに対する治療法の研究・開発 | |
氏名 | 満屋裕明(みつや ひろあき) |
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現職 | 熊本大学大学院生命科学研究部教授、 (独)国立国際医療研究センター理事、 同センター臨床研究センター長、 同センター臨床研究センター開発医療部長、 米国国立癌研究所レトロウイルス感染症部部長、 獨協医科大学特任教授 |
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生年(年齢) | 昭和25年(64歳) | |
専攻学科目 | 血液内科学・感染症内科学 | |
出身地 | 長崎県佐世保市 | |
授賞理由 | 満屋裕明氏は「死に至る奇病」として恐れられていたAIDSに対する、治療薬開発のための評価システムを確立し、治療薬の開発・研究を逸早く開始しました。そのシステムを用い、世界で最初のAIDS治療薬3剤AZT、ddI、ddCの発見・開発を果たしました。こうしてAIDS治療の基礎を築き、治療薬を組み合わせる多剤併用療法の道も拓きました。また、満屋氏はAIDS病原体HIVの薬剤に対する耐性発現機序解析と新薬開発に協力し、耐性を起こしにくい治療薬ダルナビルの開発でも大きな役割を果たしました。現在では治療によって殆どのHIV感染・AIDS発症者の血中ウイルス量が検出限界以下となり、「死の宣告」として恐れられたAIDSは「コントロール可能な慢性感染症」へと姿を変え、平均余命は非感染者とほぼ同等となり、また治療が二次感染をほぼ完全にブロックすることも明らかになっています。 【用語解説】
AIDSの病原体HIVはヒトの免疫防御を担当するリンパ球 (CD4陽性T細胞) に感染し、そのリンパ球を破壊して遊出する (a)。HIVは細胞内でウイルスの酵素などを複製して 出芽という様式で細胞から遊出(b)、成熟すると感染性のウイルスとなって(c)、感染者の体内で感染、再感染を繰り返し、やがて感染者を免疫不全状態へと追い込む。AIDSを発症すると、普段は罹らない感染や癌が起こって、治療しなければ患者の半数が1年以内に死亡する。 |
9. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | ヒト体外受精・胚移植の確立と普及に関する研究 | |
氏名 | 鈴木雅洲(すずき まさくに) | |
現職 | (医社)スズキ病院理事長、同附属助産学校長、 東北大学名誉教授 |
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生年(年齢) | 大正10年(93歳) | |
専攻学科目 | 産婦人科学 | |
出身地 | 宮城県仙台市青葉区 | |
授賞理由 | 鈴木雅洲氏は、東北大学医学部産婦人科主任教授だった1983年に、本邦初となる体外受精・胚移植の成功を報告しました。体外受精・胚移植は、不妊症患者の妻から卵子を採取し培養器中で受精させ、受精卵を数日間培養後に子宮腔内に移植して妊娠を期待する方法で、現在の不妊治療にとっては不可欠な治療法です。これ以来、鈴木氏によって胚や卵子の凍結保存法、卵管内配偶子移植法、顕微授精法などをはじめ、多くの生殖補助医療技術に関する新技術の開発と改良が行われ、現在に至っています。国内の体外受精・胚移植は、欧米に比べ5年遅れで開始され、実施については賛否両論がありましたが、同氏は国内の医師の啓蒙教育のため1989年から7回にわたってワークショップを開いて普及につとめました。大学を定年退官後は仙台市の郊外に専門の病院を設立し全国の不妊症患者の治療につとめ、2015年までに34万人の子供が誕生しており、日本の人口減少の解決に貢献することを目指しています。 【用語解説】
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