日本学士院学術奨励賞の受賞者決定について
日本学士院は、優れた研究成果をあげ、今後の活躍が特に期待される若手研究者6名に対して、第12回(平成27年度)日本学士院学術奨励賞を授与することを決定しましたので、お知らせいたします。(年齢・現職は平成28年1月12日現在)
氏名 | 太田 淳 (おおた あつし) | |
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生年月 | 昭和46年3月(44歳) |
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現職 | 広島大学大学院文学研究科准教授 | |
専門分野 |
インドネシア史 | |
研究課題 | 近世近代インドネシア地域社会の全体史的研究:環境、国家、イスラーム、外来商人・移民、グローバル経済の影響 | |
授賞理由 | 太田 淳氏のこれまでの研究は、ジャワ島西部に成立した港市国家バンテン王国を舞台に、18-19世紀におけるグローバル経済の変容がスルタンの統治機構やオランダ東インド会社(VOC)との関係にどのような影響を与えたか、権力の中心であった港市やその周辺とは生態環境的に異なる内陸の地方社会が国際市場の変貌(中国向け交易の拡大等)によって生じた新たな稼得機会の登場にどう反応したのかを見事に描きだしたものであります。特に、王国の外縁、内陸部やVOC支配地域外における越境的ネットワーキング、作付変更や新たな販売ルート開拓といった地域住民の能動的な対応を掘り起こし、「アジアにおけるウェスタン・インパクトの意味」、「グローバル経済と現地社会」といった大きな論点をめぐる国際的な論争にも参加、内外の学界において高く評価されています。 |
氏名 | 小山 弓弦葉 (おやま ゆづるは) | |
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生年月 | 昭和46年4月(44歳) | |
現職 | 国立文化財機構東京国立博物館学芸研究部工芸室長 | |
専門分野 | 日本美術史 | |
研究課題 | 「辻が花」の誕生—〈ことば〉と〈染織技法〉をめぐる文化資源学 | |
授賞理由 | 「辻が花」は、従来の染織史研究そして古美術の世界では、室町時代に「縫い締め絞り」の手法で着衣の模様を染めた裂として知られてきました。小山弓弦葉氏はこのような通説に疑問を抱き、実物と文献・画像資料の双方を丹念に検証することによって、それが元来は型紙や糊防染といった日本独自の手法によって模様を染めた夏の単衣仕立ての帷子であったことを突き止めました。その上で、それがどのような経緯で意味を変え、「幻の染」として神話化されるにいたったかを、日本の近代化の中で形成された風俗史や染織史研究、さらに古美術市場における古染織に対する価値観の変化、戦後における呉服業界と染織史研究のつながりといった染織特有の文化の構造を追究することを通じて明らかにしました。 |
氏名 | 川口 章 (かわぐち あきら) | |
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生年月 | 昭和51年12月(39歳) | |
現職 | 岡山県農林水産部主任 | |
専門分野 | 植物病理学 | |
研究課題 | 植物病害ブドウ根頭がんしゅ病の生物的防除法の開発 |
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授賞理由 | 根頭がんしゅ病は土壌細菌が起こす植物の腫瘍病です。川口 章氏はブドウ母樹の中からがんしゅを形成しない非病原性のRhizobium vitis 306株を分離同定しました。根頭がんしゅ病に罹り易いトマト苗に病原性菌と非病原性菌を共接種し、発病しない組み合わせがあることを見つけました。そこで、ブドウ1年生苗と播種トマト1か月の苗に非病原性菌株の中から拮抗菌として有望な菌株と病原性株を1:1の割合で混合して接種し、発病検定を行いました。その結果、発病抑制効果の高いARK-1株を選抜しました。さらに、Rhizobium vitisの病原性株には、遺伝子の配列の違う5つの遺伝子型があり、これら5つの型すべてに対して、ARK-1が腫瘍抑制効果を持つことを証明しました。世界中で問題になっている根頭がんしゅ病をコントロールする方法として、化学薬品を使わずに拮抗菌を用いた生物的防除法は画期的な研究成果です。現在、薬品会社とARK-1を用いた根頭がんしゅ病防除剤の開発を進めています。 |
氏名 | 竹内 理 (たけうち おさむ) | |
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生年月 | 昭和45年5月(45歳) | |
現職 | 京都大学ウイルス研究所教授 | |
専門分野 | 自然免疫 | |
研究課題 | 自然免疫における炎症調節分子機構の解明 | |
授賞理由 | 竹内 理氏は、炎症や免疫反応に関わる新規リボヌクレアーゼRegnase-1を同定し、新たな免疫制御の仕組みを明らかにしました。これまで、サイトカイン等炎症に関わる分子群がmRNAの不安定性のもとで制御されていることは知られていましたが、それに関わる分子はほとんど知られていませんでした。竹内氏は、Regnase-1が、トル様受容体からの刺激によりmRNAレベルで誘導されIL-6をはじめとする炎症性サイトカインのメッセンジャーを分解するとともに、蛋白質レベルでは、各種のシグナル経路でRegnase-1蛋白が分解され、その抑制が解除される機構を明らかにしました。最近、Regnase-1が蛋白質翻訳に依存したmRNA分解制御に関わることも明らかにしています。Regnase-1の発見は、これまで転写レベルの研究が盛んであった免疫応答の研究に、mRNA不安定化の重要性を明らかにしたものとして高く評価されています。 |
氏名 | 西田 究 (にしだ きわむ) | |
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生年月 | 昭和48年12月(42歳) | |
現職 | 東京大学地震研究所准教授 | |
専門分野 | 地震学 | |
研究課題 | 常時地球自由振動現象の研究 | |
授賞理由 | 西田 究氏の研究は、従来の地震学の枠組みから外れた所で生まれ発展してきたものです。西田氏は、地震によって地球が揺れている記録部分を解析対象から敢えて除外し、残りのいわゆるノイズ部分を解析することにより、地震とは関係なく地球全体が常に振動していることを見出しました。更に、このいわゆる常時地球自由振動が、大気・海洋の流体力学的擾乱を振動源とするものであることを示しました。常時自由振動の現象自体は、西田氏のグループと日本の別のグループとの同時発見でしたが、その後、同氏は卓抜したデータ解析能力をもってこの現象の解明を一貫してリードしてきました。その一連の業績は、固体地球と大気・海洋圏の振動とを同じ枠組みで理解しようとする地震学の新しい潮流を作りつつあります。また常時自由振動現象を利用することにより地震を用いずに地球内部構造が得られることを示し、この手法の惑星探査への応用を展望するなど、伝統的地震学や惑星科学分野にも貢献しつつあります。 |
氏名 | 林 正人 (はやし まさひと) | |
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生年月 | 昭和46年12月(44歳) |
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現職 | 名古屋大学大学院多元数理科学研究科教授 |
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専門分野 | 情報理論、量子情報理論 | |
研究課題 | 有限符号長の情報理論及び量子情報理論の研究 | |
授賞理由 | シャノンの情報理論による情報通信速度の限界に近づく符号化の研究が行われてきましたが、多くは無限の符号長という仮定の下での議論であり、現実の有限符号長に関する性能を評価するための理論がありませんでした。林 正人氏は、通信路符号化における符号化率の漸近展開の2次項に注目し、それに情報スペクトルの方法を適用して有限符号長の解を得ました。その手法によって、情報理論の重要な課題である固定長情報源圧縮、一様乱数生成、通信路符号化などを同じ枠組みで議論することを可能にしました。さらに量子情報理論への適用を行って将来の量子情報技術の方向性を示しました。 |