日本学士院賞授賞の決定について
日本学士院は、平成28年3月14日開催の第1097回総会において、日本学士院賞9件9名(森和俊氏に対しては恩賜賞を重ねて授与)、日本学士院エジンバラ公賞1件1名を決定しましたので、お知らせいたします。受賞者は以下のとおりです。
1. 恩賜賞・日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 小胞体ストレス応答の発見と解明 | |
氏名 | 森 和俊(もり かずとし) | |
現職 | 京都大学大学院理学研究科教授 | |
生年(年齢) | 昭和33年(57歳) | |
専攻学科目 | 分子生物学 | |
出身地 | 岡山県倉敷市 | |
授賞理由 | 森 和俊氏は、ホルモンやその受容体などのタンパク質が高次構造(立体的な形)を形成する場である細胞内小器官「小胞体」の恒常性がどのように維持されるか、その仕組み(小胞体ストレス応答の分子機構)を解明しました。まず出芽酵母を用いて、小胞体ストレスを感知するセンサー分子IRE1と、その情報を伝える転写因子HAC1を同定し、HAC1 mRNA前駆体がIRE1からの情報をうけてスプライシングによりHAC1が産生されるという全く新奇な機構によってIRE1とHAC1の間がつながれていることを見いだしました。次に哺乳動物小胞体ストレス応答の分子機構を解析し、酵母のIRE1-HAC1経路がIRE1-XBP1経路として保存されている上に、ATF6 経路という酵母にはないシグナル伝達経路が存在することを明らかにしました。さらに、ATF6経路がマウスとメダカの初期発生過程において必須の役割を果たしていることを証明しました。森氏の研究は、小胞体ストレスが関与していると考えられている糖尿病、アルツハイマー病、パーキンソン病などの様々な疾患の発症機構の解明、予防や治療に道を開くものであります。 【用語解説】
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2. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 滿洲語辞典 | |
氏名 | 河内良弘(かわち よしひろ) | |
現職 | 京都大学名誉教授、天理大学名誉教授 | |
生年(年齢) | 昭和3年(87歳) | |
専攻学科目 | 東洋史学 | |
出身地 | 佐賀県武雄市 | |
授賞理由 | 河内良弘氏は、『滿洲語辞典』(松香堂書店、2014年6月)において、17世紀前半、中国に清朝を樹立した満洲族の言語である満洲語の、約4万語から成る辞書を完成しました。満洲族は中国のほかモンゴル、チベット、中央アジア東部をも征服して、大清帝国と呼ばれる強大な国家の支配者となりました。帝国内では満洲語が第一公用語として使用されましたが、この国家が多民族国家であったため、漢語、モンゴル語もそれに次ぐ公用語として併用されました。この結果、これらの言語による多数の資料が残されましたが、最も重要なのが満洲語の資料です。河内氏の辞書には『御製増訂清文鑑』、『清文総彙』など、清代に編纂された満洲語の辞書に見られる語彙のほか、「清代満文檔案」と呼ばれる一次資料で使用されている語彙をも多く収録しています。また、用例を多く収録し、語彙・用例の出典も明記しています。この辞書が、既存の満洲語辞典を凌駕する、充実した最新・最良の研究工具として、世界の満洲学研究の進展に大きく貢献することはまちがいありません。 【用語解説】
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3. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 戦後日本公害史論 | |
氏名 | 宮本憲一(みやもと けんいち) | |
現職 | 大阪市立大学名誉教授、滋賀大学名誉教授 | |
生年(年齢) | 昭和5年(86歳) | |
専攻学科目 | 環境経済学・財政学 | |
出身地 | 石川県河北郡津幡町(旧河合谷村) | |
授賞理由 | 宮本憲一氏は、『戦後日本公害史論』(岩波書店、2014年7月)において、戦後日本の公害史を政治経済学の立場から初めて本格的に分析しました。すなわち、世界史上に残るような戦後日本の深刻な諸公害は、地域住民の健康被害を無視してひたすら経済成長を追求する企業の起こした公害に対して、政府や学界が的確な原因究明と防止策を講じなかったために生じた政官財学の複合体によるシステム公害であること、それゆえに地域住民が住民運動と裁判闘争によって公害の克服に努めねばならなかったことを究明しました。特に、イタイイタイ病、新潟水俣病、四日市公害、熊本水俣病の四大公害裁判の分析では、裁判所が発生源と被害者の因果関係を個別の病理学的究明でなく集団の疫学的究明によって判断したことが重要であったことを指摘しました。高度成長の終焉に伴い公害行政が後退しはじめた後になって発生したアスベスト災害や原発事故などについても論及しています。 【用語解説】
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4. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | MAPキナーゼ並びに関連シグナル伝達経路の分子機構と機能の解明 | |
氏名 | 西田栄介(にしだ えいすけ) | |
現職 | 京都大学大学院生命科学研究科教授 | |
生年(年齢) | 昭和28年(62歳) | |
専攻学科目 | 細胞生物学 | |
出身地 | 埼玉県さいたま市(旧浦和市) | |
授賞理由 | 西田栄介氏は細胞の増殖や分化を制御するタンパク質リン酸化酵素、MAPキナーゼを発見し、その作用機構、生理作用を明らかにしました。 細胞の増殖や分化は、増殖因子、分化因子によって制御されています。すなわち、増殖因子や分化因子の刺激が細胞膜上の受容体を介して核に伝わり、遺伝子発現を介して細胞の運命が決定されます。西田氏は、生化学、分子生物学、細胞生物学のテクニックを駆使して、細胞膜から核へのシグナル伝達経路を解析、この経路を担う酵素、MAPキナーゼを同定しました。そして、そのMAPキナーゼの活性化機構、作用機構の解析からタンパク質キナーゼの連鎖反応(カスケード)の存在を見出し、MAPキナーゼ活性化の分子機構を明らかにしました。ついで、MAPキナーゼの生理作用を解析し、MAPキナーゼによるタンパク質リン酸化が卵母細胞の成熟過程、胚発生における中胚葉の誘導や、動物の寿命の決定に関与していることを見いだしました。 【用語解説】
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5. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 113番超重元素の発見 | |
氏名 | 森田浩介(もりた こうすけ) | |
現職 | 九州大学大学院理学研究院教授、 理化学研究所仁科加速器研究センター 超重元素研究グループ・グループディレクター |
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生年(年齢) | 昭和32年(59歳) | |
専攻学科目 | 物理学(実験核物理学) | |
出身地 | 福岡県北九州市若松区 | |
授賞理由 | 森田浩介氏は理化学研究所を中心とする研究チームを率いて未知の超重元素113番を発見しました。実験は原子番号83のビスマス標的に原子番号30の亜鉛イオンのビームを照射し、核融合反応によって合成される113番元素を電磁的に分離収集し、その崩壊過程を綿密に観測したものです。前方に飛び出した超重元素核のみを選択するため、気体充填型の反跳核分離器GARISを開拓し、稀少で貴重な超重元素の原子核を分離しました。それら超重元素核候補は位置敏感型の半導体検出器に打ち込まれ、一連のアルファ崩壊の場所、エネルギーと半減期が正確に同定されました。この超重元素生成の確率は極めて小さく、それを可能とする加速器強度の増強と巨大なバックグラウンドを除去できる検出装置GARISの開拓が実験成功の鍵でした。2015年、森田氏の研究チームは国際純正応用化学連合から113番元素の発見者と認定され、その元素の名称と記号の提案を行うようにとの栄誉ある招へいを受けました。これは元素発見の歴史においてアジアで初めてのことです。 【用語解説】
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6. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 感覚と知能を持つロボットの基盤技術の開拓 | |
氏名 | 井上博允(いのうえ ひろちか) | |
現職 | 東京大学名誉教授、カワダロボティクス(株)取締役技師長 | |
生年(年齢) | 昭和17年(73歳) | |
専攻学科目 | 機械工学 | |
出身地 | 鹿児島県鹿児島市 | |
授賞理由 | 井上博允氏は、ロボット工学の黎明期より今日に至るまで半世紀にわたり、感覚と知能を持つロボットシステムに関する数々の先駆的研究を行い、この分野を開拓・先導してきた世界的パイオニアです。 最初の先駆的な業績は、1969年に実現した人工の手の計算機制御の研究です。人工の手、即ちロボットの手に巧みな作業を実行させるには、作業中に外部から受ける反力の感覚に基づく双動性が不可欠であることを指摘し、隙間の小さい丸穴への丸棒の挿入、クランク回し、手の作業の直接教示など、数々の有用な基本的機能を実現し、ロボットの作業能力を飛躍的に高めました。また、視覚情報によって手の位置を修正する視覚フィードバック、高速の画像相関演算により対象を実時間追跡できるトラッキングビジョン、人間がロボットの眼前で実演してみせる作業をロボットが理解してプログラムする知能の実現など、感覚と知能を持つロボットの基盤技術を幅広く開拓し、さらにそれらの技術を統合した人間型ロボットに関する国家プロジェクトを主導する等、今後のロボット革命において中核となる基盤技術の開拓を先導してきました。 【用語解説】
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7. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 多孔性金属錯体材料の創製と応用に関する研究 | |
氏名 | 北川 進(きたがわ すすむ) | |
現職 | 京都大学物質-細胞統合システム拠点長・教授、 京都大学大学院工学研究科教授 |
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生年(年齢) | 昭和26年(64歳) | |
専攻学科目 | 錯体化学 | |
出身地 | 京都市下京区 | |
授賞理由 | 北川 進氏は、無機・有機ハイブリッド化合物である金属錯体の特性を生かした新しい多孔性物質材料を開発しました。活性炭、無機材料ゼオライトに続く、第三の多孔性材料分野の開拓と言えます。この手法は、一定の結合数と結合方向性をもつ金属イオンと多配位性の有機分子を組み合わせるもので、ナノメートル精度で制御された空間構造、形状、機能をもつ物質を自在に設計、合成することができます。この一連の多孔性材料は軽量かつ大きな表面積を有し、その多くが熱や圧力などの物理的刺激や、水、酸、アルカリに対しても安定です。新たな設計指針にもとづくこの多孔性金属錯体材料の開発は、既存の材料では困難であった、気体物質の低エネルギーでの安全な貯蔵・輸送、高選択的分離、さらに効率的化学変換を可能にしました。北川氏の新化学材料技術は、国内外に広く実践されつつあり、環境、資源、エネルギー、健康などの諸問題の軽減・解決に貢献するものです。 【用語解説】
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8. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | インフルエンザウイルスの病原性の分子基盤解明とその制圧のための研究 | |
氏名 | 河岡義裕(かわおか よしひろ) | |
現職 | 東京大学医科学研究所教授、 米国ウイスコンシン大学獣医学部教授、 東京大学医科学研究所感染症国際研究センター長、 京都大学客員教授 |
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生年(年齢) | 昭和30年(60歳) | |
専攻学科目 | ウイルス学 | |
出身地 | 兵庫県神戸市中央区 | |
授賞理由 | 河岡義裕氏は、インフルエンザウイルスを効率的に人工合成する画期的なリバースジェネティクス法を開発しました。河岡氏はこの技術を利用して、鳥インフルエンザウイルスが病原性を獲得するメカニズムを解明するとともに、哺乳動物に感染し、致死的な病気を引き起こす条件を究明しました。この知見は、世界の鳥インフルエンザの流行対策並びに公衆衛生対策に貢献しています。また、この技術は、インフルエンザ研究を飛躍的に発展させ、多くの発見に寄与するのみならず、インフルエンザワクチン製造株の作出にも利用されており、世界の保健衛生に貢献しています。本技術を駆使し、鳥インフルエンザウイルスが人に感染し、パンデミックを起こすメカニズムの一端を解明した同氏の研究成果は、現在火急の問題である鳥インフルエンザならびにパンデミックインフルエンザ対策に大きく寄与するものです。 【用語解説】
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9. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | シナプス分子と記憶・学習に関する研究 | |
氏名 | 三品昌美(みしな まさよし) | |
現職 | 立命館大学総合科学技術研究機構教授、 東京大学名誉教授 |
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生年(年齢) | 昭和22年(68歳) | |
専攻学科目 | 分子脳科学 | |
出身地 | 滋賀県守山市 | |
授賞理由 | 三品昌美氏は、高等動物の脳における主要な興奮性神経伝達物質受容体であるグルタミン酸受容体の分子実体を明らかにし、NMDA型グルタミン酸受容体が海馬のシナプス可塑性と文脈依存学習の閾値を決定し、記憶・学習の分子基盤となっていることを示しました。また、小脳のグルタミン酸受容体δ2がシナプス可塑性と運動学習を制御するとともにシナプス前部のニューレキシンと結合することによりシナプス形成を誘導することを明らかにしました。さらに、ヒト知的障害の原因となるIL1RAPL1がシナプス前部の受容体型チロシンフォスファターゼPTPδと結合することにより大脳皮質神経細胞の興奮性シナプス形成を誘導することを明らかにしました。中枢シナプスの可塑性や形成を制御する分子群が記憶・学習の基盤となっているとの知見は、脳の高次機能とその障害を分子レベルから理解する分野の開拓に貢献しました。 【用語解説】
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10. 日本学士院エジンバラ公賞 | ||
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研究題目 | 植物ホルモン・ジベレリンがもたらす種の保全確保と植物多様性ならびに食糧生産性向上に関する研究 | |
氏名 | 松岡 信(まつおか まこと) | |
現職 | 名古屋大学生物機能開発利用研究センター教授 | |
生年(年齢) | 昭和30年(60歳) | |
専攻学科目 | 作物遺伝育種 | |
出身地 | 愛知県豊橋市 | |
授賞理由 | 松岡 信氏は、イネの矮性突然変異体を用いて、植物成長ホルモンであるジベレリンの生合成や受容の分子機構を明らかにしました。この過程で、20世紀に展開されたイネの「緑の革命」において、ジベレリン合成を触媒するGA20酸化酵素2が大きな役割を果たしたことを突き止め、ジベレリン産生を分子育種的に制御することでさらなる作物収量増加が可能であることを示しました。さらに、植物進化過程において、ジベレリンやその受容機構がシダ植物出現時に確立されたこと、その出現時に、元来酵素として機能していたタンパク質の一部が変化しジベレリン受容体が作り出されたことを見つけました。また、シダ植物において遺伝的多様性に重要な役割を果たす造精器の形成が、ジベレリン合成経路の改変により制御されていることを発見し、ジベレリン合成や受容機構の変化が、多様的な植物種の出現や保全に大きな役割を果たしてきたことを示しました。 【用語解説】
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