日本学士院賞授賞の決定について
日本学士院は、平成29年3月13日開催の第1107回総会において、日本学士院賞9件10名(長谷川 昭氏に対しては恩賜賞を重ねて授与)を決定しましたので、お知らせいたします。受賞者は以下のとおりです。
1. 恩賜賞・日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 沈み込み帯のテクトニクスに関する地震学的研究 | |
氏名 | 長谷川 昭(はせがわ あきら) | |
現職 | 東北大学名誉教授 | |
生年(年齢) | 昭和20年(71歳) | |
専攻学科目 | 地震学 | |
出身地 | 群馬県桐生市 | |
授賞理由 | 長谷川 昭氏は、典型的なプレートの沈み込み帯である東北日本に高感度・高精度の地震観測網を構築し、高品質データに見合う緻密な解析手法を開発することにより、沈み込み帯の地殻・マントル構造と地震活動を世界のどこよりも高い解像度と精度でもって明らかにしてきました。スラブ内の二重深発地震面の発見に始まり、スラブ微細構造の解明、火山フロントに向かうマントルウェッジ内のマントル上昇流の検出、地殻中を上昇する溶融体と地震・火山活動との関連の解明、内陸地震・プレート境界地震が低応力下で発生する証拠の提出など、ここで見出された現象が、その後の検証によって世界の沈み込み帯に共通する現象であることが確認された例は数多くあります。さらに、地震・火山現象と島弧地殻・マントル構造との関連を「プレートの沈み込みに伴って移動する水」をキーワードにして理解する途を開くなど、この分野の重要課題の解明に大きく貢献しました。 【用語解説】
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2. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | Les autels chrétiens du Sud de la Gaule (Ve - XIIe siècles) (『南ガリアのキリスト教祭壇:5世紀から12世紀まで』) |
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氏名 | 奈良澤由美(ならさわ ゆみ) | |
現職 | 城西大学現代政策学部准教授 | |
生年(年齢) | 昭和40年(51歳) | |
専攻学科目 | 西洋中世考古学・美術史 | |
出身地 | 長野県松本市 | |
授賞理由 | 奈良澤由美氏は、南フランス地方における古代末期から中世盛期にかけてのキリスト教祭壇の様式調査を悉皆的に実施し、初めて地域的基盤に立つ類型化に成功しました。研究対象となったのは、「南ガリア」と称された地中海沿岸のプロヴァンス、ラングドック、ローヌ=アルプの3地方11県にまたがる地域で、当該時代の教会祭壇は454点にのぼります。奈良澤氏は、これら全てを一点ごとに形態、素材、規格、装飾、意匠について詳細な調査を行い、4つの様式に分類し、その上でそれらの地理的、時代的分布を特定し、様式の相互影響や美術史的、文化的背景を初めて体系的に明らかにしました。祭壇はキリスト教の典礼に欠かせないものですが、美術の面では地味な対象であり、これまで研究が手薄でした。同氏の研究は、失われていく文化遺産を記録する国際的な取り組みとしても重要であり、海外の書評子が「今後の地域研究の偉大なる出発点」と評しているのも頷けるところです。 【用語解説】
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3. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 『草の根グローバリゼーション—世界遺産棚田村の文化実践と生活戦略』 | |
氏名 | 清水 展(しみず ひろむ) | |
現職 | 京都大学東南アジア地域研究研究所教授 | |
生年(年齢) | 昭和26年(65歳) | |
専攻学科目 | 文化人類学 | |
出身地 | 神奈川県横須賀市 | |
授賞理由 | 清水 展氏は社会(文化)人類学の専攻で、1977年以来長年にわたってフィリピンにおいて調査研究に従事してきました。本書『草の根グローバリゼーション―世界遺産棚田村の文化実践と生活戦略』(京都大学学術出版会、2013年1月)は、その成果を示す地点にあるといえます。調査対象はルソン島北部の僻村の先住民族イフガオのハパオ村とその隣接地域です。この村では、ここ20年ほどのあいだに、外からのグローバリゼーションの波がおしよせています。村人たちはその波に対峙し、積極的に自らの文化を守り、生活を向上させるために、新たなる方途を求め奮闘しています。本書はそうした現場をつぶさに考察しています。清水氏がこの村を実態調査に選んだのは1998年ですが、その契機となったのは旧知の親しい二人の友人、本村出身の植林運動のリーダーであるロペス・ナウヤックと、彼を中心にして30年に渡る映像記録を作成したキッドラット・タヒミックの存在でした。この二人の話と、映像記録によってこの村の過去の推移をも克明に知ることができ、全体として深みのある調査研究となっています。加えて本村の歴史的背景、隣接地ならびに全体社会との関係にも触れており、すぐれた労作です。 【用語解説】
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4. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | B中間子系におけるCP対称性の破れの研究 | |
氏名 | 髙﨑史彦(たかさき ふみひこ) | |
現職 | 高エネルギー加速器研究機構名誉教授 | |
生年(年齢) | 昭和18年(73歳) | |
専攻学科目 | 高エネルギー物理学 | |
出身地 | 栃木県佐野市 | |
授賞理由 | 髙﨑史彦氏は、Bファクトリー加速器を用いてB中間子系の精密実験を行い、CP対称性の破れのメカニズムを解明しました。自然法則が粒子と反粒子に対して非対称であることを意味するCP対称性の破れは、1964年に、中性K中間子の崩壊現象において発見されました。理論的には、1973年に小林誠と益川敏英によって提唱された小林・益川模型を中心に研究が進められましたが、長い間その実験的検証には至りませんでした。髙﨑氏は、国際共同実験チームであるBelleグループを率いて、この検証を行いました。 【用語解説】
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5. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 量子ドットとその光素子応用に関する研究 | |
氏名 | 荒川泰彦(あらかわ やすひこ) | |
現職 | 東京大学生産技術研究所教授 | |
生年(年齢) | 昭和27年(64歳) | |
専攻学科目 | 光電子工学 | |
出身地 | 愛知県名古屋市千種区 | |
授賞理由 | 荒川泰彦氏は、半導体中の自由電子を3次元的に閉じ込める量子ドットの概念とその半導体レーザーへの応用を提案するとともに、電子の運動の次元低減がレーザーの諸特性の向上に有効であることを理論的・実験的に示しました。荒川氏は、この成果に基づいて量子ドットの結晶成長技術と光物性の探究を進め、量子ドットレーザーの実用化に大きく貢献しました。さらに、シリコン集積回路とフォトニクスの融合技術においても量子ドットレーザーが重要な光源であることを明らかにしました。一方、荒川氏は、単一の量子ドットを用いた究極の光源の研究も進め、量子ドット中の励起子物性の制御により、室温を超える高温環境下で動作する単一光子源を実現するとともに、単一の量子ドットを利得媒質としたナノ構造光共振器においてレーザー発振を達成しました。また、半導体において初めて真空ラビ振動を観測することにより、固体共振器量子電気力学の礎も築きました。 【用語解説】
バルク半導体中の電子は自由に動き回り、その運動エネルギーの分布は温度の上昇に伴い広がる。一方、量子ドット内の電子のエネルギーは量子化されているため、同一のエネルギーを保ち続ける。量子ドットレーザーは、多数の量子ドットを活性層に埋め込んだレーザー素子である。また、単一の量子ドットを用いた代表的な光素子としては、単一光子源が挙げられる。
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6. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | メゾスケール力学に基づく材料の疲労および時間依存型強度学の基礎理論とその実用に関する研究 | |
氏名 | 横堀壽光(よこぼり としみつ) | |
現職 | 東北大学名誉教授、帝京大学客員教授 | |
生年(年齢) | 昭和26年(65歳) | |
専攻学科目 | 材料強度学 | |
出身地 | 宮城県仙台市太白区 | |
授賞理由 | 横堀壽光氏は、金属物理学と巨視力学を繋ぐメゾスケール力学を独自に構築し、疲労および水素脆化、高温クリープなどの時間依存型破壊を定量的に予測する独自の理論を導きました。金属疲労き裂成長および水素脆化では、その本質である転位群や水素の非定常な移動を数値解析する手法を開発し、これらの破壊を予測する力学的指標を導きました。また、高温クリープき裂成長に関しては、系統的な実験と解析により、構造体での寿命予測を可能とするQ*パラメータという指標を導いています。本指標は、ASTMの規格やISO/TTA5:2007に引用紹介され、Q*パラメータの正当性が海外で検証されています。さらに、粘弾性理論と複雑性の科学も組み合わせて、I*なる血管壁粘弾性発現度指標を提案し、動脈硬化や動脈瘤を非侵襲で診断する独自の理論を構築し、診断装置の開発を行いました。これらの指標は、材料の疲労および時間依存型強度学の基礎理論を構造物の安全性維持に関わる実用化へ導くことを可能としています。 【用語解説】
I*値と血管壁拍動速度軌跡のエントロピー値の2次元マップによる血管壁疾患評価法
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7. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 植物病原性細菌ファイトプラズマに関する分子生物学的研究 | |
氏名 | 難波成任(なんば しげとう) | |
現職 | 東京大学大学院農学生命科学研究科教授 | |
生年(年齢) | 昭和26年(65歳) | |
専攻学科目 | 植物病理学 | |
出身地 | 東京都千代田区 | |
授賞理由 | 難波成任氏は、多様な有用植物に枯死や形態異常などを引き起こし、世界の農業生産や環境に甚大な被害をもたらしながら、培養困難なためその実体が不明であった植物病原性細菌ファイトプラズマについて、分子系統分類上の位置を明らかにし、次いでその全ゲノム配列を解読しました。得られたゲノム情報にもとづく分子生物学的研究によって、感染植物の篩部に寄生したファイトプラズマが、栄養分を収奪するほか、天狗巣症状を引き起こすTENGUペプチド、花の葉化や変形を引き起こすファイロジェンなどの特異的病原ペプチドを分泌産生することを見出し、その発症機構を解明しました。またその感染が、ヨコバイなどの吸汁性昆虫の特定の種によって媒介されるしくみを究明し、ファイトプラズマ病の全容を明らかにしました。さらに、感染植物を早期診断する迅速・簡易・高感度かつ安価な診断キットを開発実用化しました。難波氏の研究はファイトプラズマ病の根絶に大きく寄与するものです。 【用語解説】
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8. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 福山型筋ジストロフィーを含めた糖鎖合成異常症の系統的な解明と新しい糖鎖の発見(共同研究) | |
氏名 | 戸田達史(とだ たつし) | |
現職 | 神戸大学大学院医学研究科教授 | |
生年(年齢) | 昭和35年(56歳) | |
専攻学科目 | 神経内科学 | |
出身地 | 岐阜県岐阜市 | |
氏名 | 遠藤玉夫(えんどう たまお) | |
現職 | 東京都健康長寿医療センター研究所副所長 | |
生年(年齢) | 昭和29年(63歳) | |
専攻学科目 | 生化学・糖鎖生物学 | |
出身地 | 千葉県旭市 | |
授賞理由 | 戸田達史氏・遠藤玉夫氏は共同して、福山型筋ジストロフィーを含めた糖鎖合成異常症の系統的な解明と新しい糖鎖の発見をしました。日本に特異的に多く、筋疾患でありながら中枢系の異常を伴う福山型の原因遺伝子フクチンを同定し、遺伝子診断・病型分類を可能にしました。さらにフクチン遺伝子に入り込んだ別の「動く遺伝子」による遺伝子の切り取り(スプライシング)異常が起こり病態が発生することを解明しました。また新しいO-マンノース型糖鎖(O-Man型糖鎖)を発見し、「糖鎖と筋ジストロフィー」の関係を明らかにしました。さらにこれまで人体で報告のないリビトールリン酸のタンデム構造を有するO-Man型糖鎖の形成不全が、福山型および肢帯型筋ジストロフィーなど類縁疾患の本態であることを明らかにしました。新しい糖鎖の発見という基礎レベルから糖鎖合成異常症の謎を解き明かし糖鎖の人体生理の意義を示した本研究は世界で高く評価されており、不治の難病である筋ジストロフィーに対する根本的な治療法開発に道を開くものです。 【用語解説】
戸田・遠藤両氏は共同して、福山型筋ジストロフィーを含めた糖鎖合成異常症の系統的な解明と新しい糖鎖の発見をした。(両氏が解明したものを赤字で示した。)
※Man, マンノース; GlcNAc, N-アセチルグルコサミン; GalNAc, N-アセチルガラクトサミン; GlcA, グルクロン酸; Xyl, キシロース; Rbo, リビトール; P, リン酸 |
9. 日本学士院賞 | ||
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研究題目 | 心臓外科新領域の開発と普及:小児冠動脈再建手術 | |
氏名 | 北村惣一郎(きたむら そういちろう) | |
現職 | 国立循環器病研究センター名誉総長 循環器病研究振興財団理事長 医薬基盤・健康・栄養研究所プログラムディレクター 日本医療研究開発機構プログラムスーパーバイザー 奈良県立医科大学名誉教授 堺市立病院機構堺市立総合医療センター名誉理事長 |
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生年(年齢) | 昭和16年(76歳) | |
専攻学科目 | 心臓血管外科学 | |
出身地 | 兵庫県西宮市 | |
授賞理由 | 北村惣一郎氏は、自己大伏在静脈や内胸動脈など異なる種類のグラフト材を用いて小児の冠動脈バイパス手術を世界で初めて開始し(1975年 大伏在静脈、1983年 内胸動脈)、多数例での長期(25年)成績により有茎内胸動脈の使用が患児の急激な成長に対する対応能力のあること、長期の開存が期待されること、小児でも両側内胸動脈の使用は安全であることなど、本術式に関する多数の知見を世界で初めて報告しました。これは心臓外科領域の中で「小児冠動脈再建手術」という新しい領域を開発、確立したもので、世界で多数の教科書に紹介され、川崎病に対する「Kitamura Operation」と記されています。現在では0歳児にも応用可能な術式として川崎病のみならず、先天性の冠動脈異状や先天性複雑心疾患の術後の冠動脈合併症に対しても適応症が拡大され、小児心臓手術の基本術式として世界に普及し、多くの患児の救命・生活の質向上に役立っています。 【用語解説】
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