日本学士院

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日本学士院会員の選定について

日本学士院は、平成29年12月12日開催の第1114回総会において、日本学士院法第3条に基づき、次の5名を新たに日本学士院会員として選定しました。

(1)第1部第1分科
氏名 揖斐 高(いび たかし) 揖斐高
現職等 成蹊大学名誉教授
専攻学科目 日本文学
主要な学術上の業績

 揖斐 高氏は、近世漢文学研究の領域において、近世初頭から後期、さらに明治30年代までの長期間における日本漢詩の展開を明快に跡づけ、とくに遊歴の生涯を送った漢詩人柏木如亭の伝記並びに作品の研究を通じてこの抒情詩人の全貌を明らかにしました。同時代の人々に深い影響を与えた頼山陽詠史詩について新たな見方を提示したことや、菊池五山の『五山堂詩話』が漢詩の大衆化に果たした役割を検証したことも高く評価されます。また、俳諧・和文・小説などの他ジャンルと漢詩文との接点を蕪村・村田春海・上田秋成・大田南畝らの作品に探って、近世日本文学史の叙述をこれまでよりも精緻に深化させることに大きく貢献しました。


【用語解説】

柏木如亭(かしわぎじょてい)
1763年—1819年。幕府の小普請方大工棟梁職だったが、32歳で家職をやめ、各地を遊歴して生涯を終えた。『木工(もっこう)集』、『如亭山人稿初集』、『如亭山人遺稿』、『詩本草(しほんぞう)』などの著作がある。
頼山陽(らいさんよう)
1780年—1832年。広島藩儒の家に生まれたが、脱藩し、廃嫡されたのち、京都で自由な境涯を送った。『日本外史』、『日本楽府(にほんがふ)』、『山陽遺稿』などの著作がある。
詠史詩
歴史上の人物や出来事を題目とした漢詩。作者の歴史に対する批評や詠嘆表現の器として作詩された。
菊池五山(きくちござん)
1769年—1849年。高松藩儒の家に生まれたが、江戸に出て柏木如亭や大窪詩仏らと共に詩才を謳われた。『五山堂詩話』は正編10巻・補遺5巻で、約600人の同時代の詩人の詩を引いて批評や小伝などを記した書。1807年から1832年頃まで、年を追って刊行された。
村田春海(むらたはるみ)
1746年—1811年。江戸日本橋の裕福な干鰯(ほしか)問屋に生まれ、兄の病死により家督を継いだが、遊興の末に破産した。早くから賀茂真淵(かものまぶち)に和歌を学び、また京都の漢学者皆川淇園(みながわきえん)にも漢学を学んだ。加藤千蔭(かとうちかげ)とともに江戸派の歌人として知られる。歌文集『琴後集(ことじりしゅう)』、雅文小説『竺志船(つくしぶね)物語』などの著作がある。
(2)第1部第2分科
氏名 渡辺 浩(わたなべ ひろし) 渡辺浩
現職等 東京大学名誉教授、法政大学名誉教授
専攻学科目 日本政治思想史・アジア政治思想史
主要な学術上の業績

 渡辺 浩氏は、徳川時代・明治時代の日本の政治思想史研究において、近世社会に生きられた思想の具体的な姿を追求する立場から、従来の思想史を読み直すことを促す衝撃的な業績を次々に挙げてきました。第一に、徳川時代の儒学史の独自な展開とダイナミズムを、朱子学を学んで筆記試験に合格することによって登庸される文人官僚が中心となって支配する明国・清国及び朝鮮国と、原則として世襲の武士身分が支配する徳川日本との異質性を念頭に、綿密な実証作業を通じて説得的に解き明かしたことです。渡辺氏は、さらに、この徳川時代研究を踏まえて、徳川時代末期から明治までの西洋との接触についても、それが儒学の枠組みに深く規定されていたことを様々な角度から解明し、特に、儒学的な信念や思考枠組みを有するが故に、西洋の「文明」を高く評価し、それを受け入れようとする態度が、様々な面で存在したことを明らかにしました。その結果、「明治維新」や「文明開化」について、従来とは異なる解釈の可能性を切り開きました。第二に、日本の思想史の展開を、東アジア各地域の儒学思想などとの比較を試みつつ、捉えていることです。その視野の広さは特徴的で、同氏の研究は、英語の他、中国語・韓国語にも翻訳され、国際的な注目を集めています。


【用語解説】

儒学
孔子を祖とし、主に道徳と政治に関わる思想の体系。中国では漢王朝以降、政治権力との関係を深め、現実の政治と社会に深い影響を与え続けた。その思想は、経書(「けいしょ」)(真理が記されているとされる書物。「四書五経」等を指す。)の解釈学という形式を取るが、実際の内容は学派、また学者によって極めて多様である。中国の学派としては、朱子学・陽明学が有名。日本では、伊藤仁齋や荻生徂徠が、中国とは異なる学派を形成した。
朱子学
儒学の学派の一つ。南宋の朱熹(1130年—1200年)が集大成した。特に、明・清王朝、及び朝鮮王朝においては、科挙の試験における正統学説とされたため、圧倒的な権威を有し、大きな社会的影響力を持った。
(3)第1部第2分科
氏名 瀬川信久(せがわ のぶひさ) 瀬川信久
現職等 早稲田大学大学院法務研究科教授、
北海道大学名誉教授
専攻学科目 民法
主要な学術上の業績

 瀬川信久氏の『不動産附合法の研究』(有斐閣、1981年)は、議論が錯綜していた付合制度について、紛争の事案類型と法概念・法制度の社会的・歴史的背景を、フランス法とドイツ法の対抗関係の中で明らかにし、事案類型と法概念の射程を踏まえた法解釈を目指したものです。その後、瀬川氏は、同様の考察を、金融法、消費者法、不法行為法等の諸問題につき推し進めると同時に、法解釈の基礎となる方法論を検討しました。また、『日本の借地』(有斐閣、1995年)では、かつての借地が第一次都市化・産業化期の地価上昇と金融構造・土地税制に因ること、1970年代以後の借地の減少はその構造の変化に由来することを明らかにし、借地法規制の方向を提示しました。
同氏の業績は、民法の解釈論・立法論が依るべき基礎の構築に貢献したところにあります。


【用語解説】

付合制度
他人の土地に植林した場合に、その樹木は植林した人の物か土地所有者の物か。他人の建物に設備を設置した場合に、その設備は設置した人の物か建物所有者の物か。このような問題について、民法242条は、不動産に従として付合された物は不動産所有者の所有物になると規定し、ただ、賃借人などの権原を有する者が付合した物は付合させた者の所有にとどまるとしている。この規定は、農作物、樹木、工場の設備・機械、建物の増改築など不動産の付加価値をめぐる紛争を裁定する法理であり、ローマ法の時代から第一次・第二次産業が主要であった20世紀半ばまで重要な意味を持っていた。
不法行為法
交通事故、公害、医療事故、名誉毀損など、他人の権利を侵害した者は被害者に対し賠償責任を負う。不法行為法は、これらの場合に、どのような要件の下でどのような内容の責任を負うのかを示す法規範であり、わが国では、民法709条以下が基本的な規定を置くほか、自動車損害賠償保障法、製造物責任法等の特別法がある。しかし、プライバシー、忘れられる権利、最近のJR東海事件など新たなタイプの加害・事故については、判例と学説による法理が、解決にとって大きな役割を果たしている。
第一次都市化・産業化期
第一次都市化・産業化期は、明治中期から1960年代までの時期を指す。第一次都市化は、農地、原野等への市街地の拡大であり、1970年代以降の都市中心部の高層化に対比される。第一次都市化では、市街地の拡大地域において地価が急上昇し、土地保有に大きなキャピタル・ゲインをもたらした。他方、産業化は、この時期の農業中心から工業中心への移行において社会的余剰資金が工業部門へ誘導され、土地購入者が融資を受けるときの金利が高く維持され、それが高い地代を可能にしていた。このように高い地価上昇率と金利が大量の借地を生み出したが、1970年代以後の両者の低下は、借地による宅地供給を大きく減少させた。
(4)第2部第6分科
氏名 安元 健(やすもと たけし) 安元健
現職等 一般財団法人日本食品分析センター学術顧問、
東北大学名誉教授
専攻学科目 水産化学
主要な学術上の業績

 安元 健氏の専門は水産化学であり、特に魚介類の食中毒に関する研究では、毒素の構造決定、定量法の開発、食物連鎖による毒化作用機構の解明など、広範な研究分野で常に世界をリードしてきています。特筆すべき成果の概要は、フグ毒テトロドトキシン類の化学構造の決定と毒を生産する細菌の発見、さらに二枚貝による麻痺性毒、下痢性毒の毒化機構などを明らかにしたことです。また、500年も前から文献に記載されてきたが実態が解明されていなかった南方魚類中毒シガテラについても、安元氏によって原因毒素の構造、毒化機構が初めて明らかにされています。


【用語解説】

シガテラ(ciguatera)
太平洋、インド洋、カリブ海などサンゴ礁海域を中心に多数の魚類が毒を蓄積することに起因する食中毒で、年間発生件数は数万に達する。
安元健氏の業績
(5)第2部第7分科
氏名 宮園浩平(みやぞの こうへい) 宮園浩平
現職等 東京大学大学院医学系研究科教授、
東京大学大学院医学系研究科長・医学部長、
スウェーデン・ウプサラ大学客員教授
専攻学科目 病理学・腫瘍学
主要な学術上の業績

 宮園浩平氏は、がんの進展に関与するタンパク質TGF-β受容体の同定と、細胞内での信号伝達機構に関する研究で世界をリードする成果を挙げました。その結果、TGF-βが肺がんや乳がん、膵臓がんをはじめ多くのがんの発生や進展、とくにがんの浸潤や転移に重要な役割を果たすことが明らかとなりました。またTGF-βと類似した構造を持つタンパク質BMP(骨形成因子)について、受容体や細胞内の信号伝達機構を明らかにしました。TGF-βやBMPは胎生期での個体の発生や、血管、リンパ管、骨、神経など様々な臓器や組織の病気と密接に関わることがわかり、がん研究の分野だけでなく医学の分野の幅広い発展に先導的な役割を果たしました。


【用語解説】

TGF-β(transforming growth factor-β)
β型トランスフォーミング増殖因子。細胞の増殖抑制、運動能の促進、線維組織の産生、免疫能の抑制など、多彩な作用を持つ因子である。がんの抑制に重要であるとして長い間研究されていたが、近年は進行したがんの進展に重要な役割を果たすことが知られている。
受容体
レセプターとも呼ばれる。細胞表面にあって、外部の刺激を受け取り、細胞の中へ信号を送る役割を持ったタンパク質である。
信号伝達機能
外部の刺激などを受けて細胞の中で信号を伝えることを言う。TGF-β刺激では受容体から細胞内で信号が伝達される結果、細胞は多様なタンパク質を産生し、その結果、増殖、分化、運動など様々な反応が引き起こされる。
BMP(bone morphogenetic protein;骨形成因子)
皮下や筋肉内に投与すると、骨や軟骨の形成を促進するタンパク質として見つかった。BMPと呼ばれるタンパク質は、ほ乳類で10種類以上存在する。現在では、骨や軟骨だけでなく、血管やリンパ管、神経、歯、毛髪など様々な組織や臓器で重要な働きを持つことが知られている。
宮園氏の業績