日本学士院

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日本学士院学術奨励賞の受賞者決定について

日本学士院は、優れた研究成果をあげ、今後の活躍が特に期待される若手研究者6名に対して、第14回(平成29年度)日本学士院学術奨励賞を授与することを決定しましたので、お知らせいたします。(年齢・現職は平成30年1月12日現在)

氏名 鎌田 由美子 (かまだ ゆみこ) 鎌田 由美子
生年月

昭和54年3月(38歳)

現職 慶應義塾大学経済学部准教授

専門分野

イスラーム美術史
研究課題 絨毯が結ぶ世界—グローバル・ヒストリーから見る京都祇園祭インド絨毯への道
授賞理由

  イスラーム美術史を専攻する鎌田由美子氏は、写本研究と絨毯研究の分野で多数の優れた業績を発表しています。
  そのうち特に注目される業績を挙げれば、“A Taste for Intricacy: An Illustrated Manuscript of Munṭiq al-Ṭayr in the Metropolitan Museum of Art”は、神秘主義詩人アッタール(13世紀前半没)の『鳥の言葉』の挿絵付き1写本を総合的に検討し、この写本の構造、ペルシア語本文と挿絵との関係、挿絵に秘められた神秘主義思想等を解明して、この写本が、15世紀末、ティムール朝の首都ヘラートで活躍した知識層の「Intricacy(難解・複雑)」に対する好みをもよく反映したものであることを明らかにしています。
  また『絨毯が結ぶ世界 京都祇園祭インド絨毯への道』は、祇園祭の山鉾巡行で、山や鉾の懸装品として使用されるタイプのインド絨毯が、主に18世紀のデカン(南インド)で作製され、オランダ東インド会社等によって日本に輸入されたものであることを明証して、当時の日本がグローバルな文化現象としての「インド趣味」の世界に取り込まれていたことを明確にしています。

氏名 小松 雅明 (こまつ まさあき) 小松 雅明
生年月 昭和47年4月(45歳)
現職 新潟大学医歯学系教授
専門分野 分子細胞生物学
研究課題 選択的オートファジーの異常と消化器疾患発症機序の解明
授賞理由

 小松雅明氏は、個体レベルでのオートファジー研究がほとんど行われていなかった時期に、世界に先駆けオートファジーを肝臓や脳特異的に欠損させることにより、肝障害、神経変性疾患が発症することをあきらかにしました。このことは、オートファジーが飢餓状態だけに作用するのではなく、高等動物では、壊すべきタンパク質やオルガネラを厳密に選別し、恒常的に細胞内浄化のためにオートファジーを用いていることを示しています。オートファジーによって選択的に分解されるべきタンパク質が、オートファジーの障害によって異常タンパク質凝集体や変性オルガネラの蓄積を引き起こし、いろいろな疾患(肝細胞がんや神経変性)の発症原因になることを証明しました。さらに、生体の抗酸化ストレス応答の制御にもオートファジーが重要な役割を果たしていることをあきらかにしました。これらの成果は、多くの生命現象がオートファジーにより制御されていることを証明したものとして高い評価を受けています。

氏名 佐藤 俊朗 (さとう としろう) 佐藤 俊朗
生年月 昭和47年11月(45歳)
現職 慶應義塾大学医学部准教授
専門分野 下部消化管学(小腸、大腸)
研究課題

オルガノイド培養技術の開発と疾患の病態解明への応用

授賞理由

 佐藤俊朗氏は、2009年に腸管上皮幹細胞を3次元組織として培養するオルガノイド培養法を開発し、この培養法を用い、腸管上皮幹細胞の娘細胞であるPaneth細胞が幹細胞のニッチとなることを発見しました。その後佐藤氏は、オルガノイド培養技術をがん研究に応用し、大腸オルガノイドにゲノム編集を用いて大腸がんと同じ遺伝子変異導入を行い、ヒト大腸の発がんモデルを構築しました。近年、がんの再発・転移の原因となるがん幹細胞の研究に焦点を置き、細胞系譜解析の手法を用いてヒトがん幹細胞の存在や可塑性を実証しています。オルガノイド培養は多様な組織幹細胞培養に応用され、世界中で汎用されています。同氏の研究は、基礎研究から臨床応用まで、幅広い研究分野へ大きなインパクトを与え続けており、この分野の発展にさらに大きく貢献するものと期待されます。

氏名 山東 信介 (さんどう しんすけ) 山東 信介
生年月 昭和48年8月(44歳)
現職 東京大学大学院工学系研究科教授
専門分野 生体機能関連化学
研究課題 生体系の分子計測・イメージングにおける画期的NMR分子プローブの開発
授賞理由

 生体内分子の構造変化、化学反応、ダイナミズムなどの活動を非侵襲的に見ることができる核磁気共鳴(NMR)計測技術において、NMR分子プローブの感度の向上が最大の問題でした。核スピン偏極の物性理論に基づいて核スピンを強制的に偏極させる核偏極法は分子プローブの核検出感度を飛躍的に向上させることができ、次世代生体分子イメージング技術として期待されていますが、その偏極寿命時間が短いという欠点がありました。山東信介氏は核偏極状態を長時間維持するための理論的実験的考察から、それを実現する有意な分子プローブの設計指針を確立しました。そして従来は偏極維持時間が数秒から数分であったなかで1時間以上持続できる水溶性有機小分子構造を開発しました。また、設計した分子プローブを用い、動物個体内で起こる生体代謝反応をリアルタイム計測することに成功しました。こうして山東氏は世界をリードして動的生体分子科学発展の基礎を築きました。

氏名 中谷  惣 (なかや そう) 中谷  惣
生年月 昭和54年10月(38歳)
現職 信州大学学術研究院教育学系助教
専門分野 イタリア中世史
研究課題 中世後期イタリアにおける国家形成の具体相の解明
授賞理由

 中谷 惣氏の主著『訴える人びと―イタリア中世都市の司法と政治』は、イタリア中世の都市国家ルッカにおける法と統治の形成と変容を、ルッカ国立文書館の裁判関係記録を主材料として解明したものです。
中谷氏は、未公刊の膨大な裁判記録を介し、14世紀のルッカで年々大量に提起された訴訟に注目しました。その訴訟手続きの変化や司法原理の転換を追うことにより、14世紀半ばから、訴訟のあり方が弾劾主義から糾問主義に変化したこと、やがて官憲が訴訟の主導権を取るようになった結果、有罪判決の増加を招き、執政府による恩赦が重要性を増したこと、それと並行して市民の自治共同体が変質し、執政府や統領の権力強化につながったこと等を明らかにしました。
大量のラテン語による裁判文書を長年にわたって解読し、そこで見出した問題を実証的、体系的に解明してゆく中谷氏の研究は、重厚緻密でありながら同時に明快で、学界に大きく貢献する業績です。

氏名 平田 晃正 (ひらた あきまさ) 吉田 直紀
生年月

昭和48年11月(44歳)

現職

名古屋工業大学大学院工学研究科教授

専門分野 生体物理計算学、公衆衛生工学
研究課題 人体複合物理と生理応答の統合計算法と応用に関する研究
授賞理由

 人が電磁界や熱に曝されたときの影響は複雑ですが、従来は単純なモデルで推定が行われていました。平田晃正氏は多元医用画像から数mmの微小立方体単位の3次元人体モデルをコンピュータ内に自動生成するシステムを開発し、体内の数十に及ぶ組織ごとに電気・熱特性を与え、電磁界方程式と熱拡散方程式を用いて、その部位・組織における誘導電流、温度上昇を計算する独創性の高い高速・高精度のシステムを実現しました。また、部位・組織ごとの誘導電流、温度上昇の計算から生体応答まで推定可能な計算法を確立しました。その結果、世界保健機関(WHO)推奨の人体に対する国際電磁界防護基準やワイヤレス機器の許容電磁波曝露量の決定などに大きく貢献しました。また熱中症に至る過程の物理機構の解明にも貢献しました。平田氏はWHO やIEEEの関係委員会委員長を歴任するなど、この分野の国際活動をリードしています。